070_その事業場は戻らないと決まったとき — 移転・縮小・統廃合に伴う雇用の変化を、発災1か月を前にどう扱うか

本日8月22日は発災26日目で、8月28日に発災1か月を迎える。熊本県第36報(8月20日14時現在)によれば住家被害は計3万5,048棟、うち全壊1,555棟。報道によれば8月19日、八代市商工会に加盟する中小企業の7割が「被害あり」と回答した。熊本市の公費解体は個人所有家屋だけでなく中小企業者の事業所も対象で、予約が8月25日に始まり、申請書類の受付は9月10日から12月10日までとされている。この1か月で「いつ再開するか」を決めてきた事業場のうち一定数が、これから「そもそも元の場所に戻すのか」を決める段階に入る。この記事は、その判断が従業員の雇用と健康に何を起こすかを、人事総務と経営層に向けて整理する。

目次

「戻す」「移す」「畳む」で、従業員に起きることが違う

被災した事業場の再開可否そのものは記事013、被災地外の本社が現地の状況をどう判断するかは記事008、中小企業の再開と経営者自身の健康は記事018で扱った。この記事が置かれるのはその先である。判断が「戻さない」に振れたとき、選択肢は大きく三つに分かれ、従業員に生じることがそれぞれ違う。

第一に、同じ機能を別の場所で再開する移転。従業員にとっては勤務地と通勤経路の変更である。第二に、規模を縮小しての再開。配置転換、担当業務の変更、所定労働時間や勤務シフトの変更として現れる。第三に、他事業場への統合または閉鎖。転居を伴う転勤か、雇用の終了につながりうる。

同じ「戻らない」でも、従業員が受け取るものは別物である。ところが社内の議論は「戻す・戻さない」の二択で進みがちで、三択の中身を分けないまま方針だけが先に固まる。まず自社の判断がこの三つのどれで、部門・工程ごとに違う答えになるのかを、文書の形で分けておきたい。

「災害だから」は、法的な要件を消さない

労働条件の不利益変更、配置転換、転居を伴う転勤命令、整理解雇は、いずれも法令と判例の枠組みの中にあり、災害を理由に要件がなくなるわけではない。同時に、その適否は就業規則の定め、労働契約の内容、必要性の程度、代替手段の有無、手続の踏み方によって事案ごとに判断されるもので、一般論として結論を書けるものではない。

したがって、この記事では結論を示さない。方針を固める前に、所轄の労働基準監督署または顧問の社会保険労務士・弁護士に、想定している措置の内容と手順を具体的に示して確認してほしい。熊本労働局は労働基準法・労働契約法に関するQ&Aや、休業・解雇・災害時の時間外労働に関するQ&Aを公表している。確認を後回しにして先に内示を出すと、撤回も修正も難しくなる。順序を逆にしないことが実務上いちばん効く点である。

産業保健にとって最も危ないのは、決まる前の期間

産業保健の観点から言えば、不調が集中するのは方針が発表された後ではなく、決まらないまま噂だけが流れている期間である。「あの工場は閉めるらしい」「うちの部署は別の県に移るらしい」という情報が、根拠のないまま職場を回る。従業員は自分の生活の見通しを立てられず、住まいの再建も、子どもの学校も、家族の就労も決められない。

この期間を短くできない場合でも、減らせるものはある。「何が、いつ、どういう手順で決まるのか」の見通しである。結論が出ていない段階でも、検討中であること、判断の材料は何か、いつごろ方向性を示すか、決まったらどういう手順で個別に説明するかは示せる。中身が空でも、時期と手順を示すだけで不確実性は縮む。経営層が「まだ何も決まっていないから何も言わない」を続ければ、情報は非公式な経路を流れ、その多くが不正確なまま広がる。

移転先を決めるときに、いまの交通条件を通勤時間として織り込む

移転先の候補地は、賃料・面積・取引先との距離で選ばれることが多い。ここに通勤条件を入れなければ、従業員の側に無理が寄る。

国土交通省第47報(8月21日10時現在)によれば、九州新幹線 熊本〜新水俣は運転見合わせが続き、構造物変状600箇所以上、軌道変状約300箇所が確認されていて、運転再開の見通しは示されていない。鹿児島本線 宇土〜八代も運転見合わせで、代行バスが宇土〜小川で運行中、8月26日に宇土〜八代へ拡大予定とされる。肥薩おれんじ鉄道 八代〜水俣も代行バスである。道路は九州自動車道が8月14日6時から全線で一般車両通行可となった一方、南九州西回り自動車道の八代JCT〜八代南ICは橋梁損傷で通行止めが続く。

つまり、平時の路線図で計算した通勤時間は、いまの熊本では成り立たない。鉄路の代替が二段階で入る週の実務は記事053、通勤が当分戻らないと決まった従業員への対応は記事024で扱った。移転先を選ぶ段階で、候補地ごとに、現在の代行バス・道路条件で従業員の居住地から何分かかるかを実測に近い形で出し、その数字を選定材料に並べたい。長時間通勤は疲労と睡眠時間の圧迫につながる。決めた後に通勤手当だけで調整しようとしても間に合わない。

住まいと勤務地が同時に動く従業員がいる

応急仮設住宅(建設型)は276戸・15団地が全戸着工済みで、入居は9月以降に始まる。賃貸型応急住宅は21市町村で受付中、入居期間は2年以内とされている。

ここで注意したいのは、この層の一部が勤務地の変更対象と重なることである。仮住まいが決まった直後に勤務地が変わると、通勤の前提が崩れ、入居した住宅から通えなくなる。応急住宅は入居期間が限られているため、次の住まいを決める時期と、勤務地が確定する時期がずれると、生活再建の起点そのものが後ろにずれる。

移転・統廃合の対象部門について、応急住宅の入居申請中・入居予定の従業員がいるかを先に把握し、その人には方針の個別説明を早めたい。全社一律の発表を待たず、住まいの決定と勤務地の決定の順序を本人と揃えるだけで避けられる混乱がある。

雇用を維持する側と、終了に至る場合の手当て

雇用を維持するなら、雇用調整助成金の特例が使える(記事057)。ただし事後精算の制度で、支給決定までの休業手当は事業主が立て替える(記事064)。適用の可否は所轄の労働局・ハローワークに確認する。

雇用の終了に至る場合、従業員側に三つの特例がある。総務省のパンフレット(第9版・8月21日)によれば、第一に、失業の認定日の変更が事前の申出なしにできる。罹災証明や住まいの手続で認定日に出向けない事態が起きやすいことへの手当てである。第二に、居住地を管轄するハローワーク以外でも受給手続ができる。県外や遠方に避難している従業員は、避難先で手続を進められる。第三に、災害により事業所が休業して一時的に離職した場合にも、失業給付を受給できる。事業場の側でできるのは、離職票の交付を遅らせないことと、この三点を書面にして本人に渡すことである。

残った側にも、同じだけ負荷がかかる

統廃合の後、職場に残った側への手当てが抜けやすい。閉じた事業場の業務が流れ込んで一人あたりの量が増え、長く働いた同僚がいなくなる。自分は職を失っていないという理由で、しんどさを口にしにくくなる。「自分はまだマシだ」が言葉を奪う機序は記事009、1か月後・3か月後・1年後の時間軸でのメンタルヘルスは記事015で扱った。統廃合を実施した部署は、実施後3か月の面談対象として最初から名簿に載せておきたい。

実務でそのまま使えるチェックリスト

#決めること・確認すること誰が期限の目安
1各事業場・部門の判断を「戻す/移す/畳む」の三つに分けて文書化する経営層/人事総務8月中
2想定する配置転換・転勤・労働条件変更の内容を、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士・弁護士に確認する人事総務内示より前
3「何がいつ決まるか」の見通しを、結論が出ていなくても社内に示す経営層今週中
4移転先候補ごとに、現在の代行バス・道路条件での従業員の通勤時間を算出し選定材料に入れる総務/人事候補地決定前
5応急住宅に入居申請中・入居予定の従業員を把握し、勤務地変更の対象と突き合わせる人事総務8月末まで
6上記に該当する従業員には、全社発表を待たず個別説明を先行させる人事総務/所属長方針決定と同時
7雇用終了の可能性がある部門について、維持と終了の分岐をいつ判断するかの期日を決める経営層/人事総務8月中
8雇用終了に至る場合、失業給付の三つの特例を対象者に文書で伝える人事総務離職手続と同時
9移転・統廃合の対象者と、残る側の従業員の双方を、3か月後の面談名簿に載せる産業医/衛生管理者実施決定時
10通勤時間が延びる従業員について、始業終業時刻・在宅勤務・宿舎の可否を個別に検討する人事総務/所属長勤務地変更の1か月前

参考

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