復旧作業に伴う休業4日以上の労働災害が93人になった(厚生労働省第56報、8月20日19時時点)。前回把握していた81人(8月19日19時時点)から1日で12人増えている。死亡は17人で変わらない。工事の母数が増え、事故がそれに比例して増える局面に入った。
この記事は、工事を行う側ではなく、工事を頼む側に立つ事業場のためのものである。自社の建物を解体する、屋根を直す、設備を入れ替える。そのとき事業場は「注文者」あるいは「発注者」になり、現場で働くのは自社の従業員ではない人になる。それでも法令上求められることがあり、契約の書き方ひとつで現場の安全が変わる。現場側の作業管理は記事062に、労災が増える局面の全体像は記事042と記事055に整理している。
9月に発注が集中する理由
熊本市は被災家屋等の解体・撤去について、事前予約を8月25日(火)から、申請書類の受付を9月10日から12月10日までとしている。対象は全壊・大規模半壊・中規模半壊・半壊の判定を受けた個人または中小企業者である。市が発注する公費解体のほかに、自ら業者に頼んで解体し、後から費用の償還を受ける方法も用意されている。
熊本県第39報(8月22日14時時点)では住家被害37,041棟のうち15,218棟が分類未確定である。判定が確定するにつれ、修繕か解体かの判断が一斉に動く。同時に、応急仮設住宅276戸15団地の建設と住宅の応急修理も進んでいる。限られた業者数に対して発注が集中すれば、工期は詰まり、経験の浅い作業員が現場に入る。
そのうえ天候が悪い。熊本地方気象台は28日金曜にかけて最高気温35度以上の猛暑日と最低気温25度以上の熱帯夜が続く見込みとしており、8月23日を対象とする熱中症警戒アラートは熊本県を含む29地域に発表され5日連続となった。来週は熊本で最高気温40度の予想も報じられている。工期の圧力と猛暑が同じ現場で重なる。
注文者・発注者に法令が求めること
労働安全衛生法第3条第3項は、建設工事の注文者等について、施工方法や工期などについて、安全で衛生的な作業の遂行をそこなうおそれのある条件を附さないように配慮しなければならないと定めている。抽象的に見えるが、実務上の意味は明確である。「今週中に終わらせてほしい」「この金額でお願いしたい」という発注条件が、休憩の省略や無理な人員配置を生むなら、それは配慮を欠いた条件になりうる。
同法第31条は、特定事業の仕事を自ら行う注文者について、請負人の労働者が足場や型枠支保工などの設備を用いるときに、労働災害を防止するために必要な措置を講じることを求めている。自社の敷地内で工事を行わせ、自社の設備を使わせる場合に関わってくる。また第29条は元方事業者に対し、関係請負人と労働者が法令に違反しないよう必要な指導と是正指示を求めている。自社が元請の立場に立つ場合はこちらが適用される。
いずれも「頼んだ以上は現場の安全に無関心でいられない」という構造である。実務としては、発注段階で工期に余裕をもたせること、猛暑日の作業中断を見込んだ日程にすること、見積に安全対策費が計上されているかを確認すること、この3点が最も効く。作業中止基準の考え方は記事025と記事043に整理している。
石綿の事前調査は、発注者にも関わる
建築物の解体・改修工事では、石綿含有の有無にかかわらず事前調査が必要である。令和5年10月1日以降に着工する建築物の工事は、厚生労働大臣が定める講習を修了した建築物石綿含有建材調査者による調査でなければならない。工作物については令和8年1月1日以降が対象となっている。
調査結果の報告も義務である。令和4年4月1日から、解体部分の床面積の合計が80平方メートル以上の建築物の解体工事、請負金額が税込100万円以上の改修工事などについては、石綿事前調査結果報告システムによる報告が求められている。
発注者の側には、適切な石綿対策が行われるようにする責任があり、有資格者による調査が実施されているかを確認することが求められている。被災家屋の解体では「急いでいるから」という理由で調査が省かれる懸念がある。事業場が発注者になるときは、契約前に調査の実施主体と有資格者の氏名、報告の有無を書面で確認しておきたい。石綿は曝露から発症までが長いため、事故のように当日には見えない。ここを省くと、10年後20年後に自社の従業員や近隣の健康問題として戻ってくる。
自費解体で必要になる記録
自ら解体して費用の償還を受ける場合、熊本市は解体前後の写真、契約書・見積書・領収証、廃棄物処理の帳票類の保管が必須としている。市の基準を超える部分は自己負担になる。
この記録は、償還のためだけのものではない。廃棄物処理の帳票は、解体で出た廃材が適正に処理されたことの証拠であり、石綿を含む廃材が混入した場合の追跡にも使う。総務担当者が業者任せにせず、着工前・解体中・完了後の写真と帳票を自社側でも一部保管しておくと、後の紛争と行政確認の両方で効く。
なお、罹災証明書をまだ取得していない段階でも事前予約はできるとされている。判定待ちを理由に予約を先送りすると、9月10日以降の受付に間に合わない可能性がある。罹災証明の申請そのものについては記事022と記事063に整理している。
現場で働く人が自社の従業員でないとき
発注した工事の現場で働く人は、自社の産業医の管轄外である。しかし、その人が倒れれば救急要請をするのは自社の敷地内かもしれない。発注段階で次の3つを確認しておくと、現場で起きたときに動ける。
第一に、緊急時の連絡先と搬送先。断水が続く3市町では医療機関17施設が断水中であり、最寄りが受け入れられるとは限らない。第二に、休憩場所と水の確保を誰が用意するか。事業場の敷地内で工事をさせる場合、日陰と冷房の効いた休憩場所を自社側が提供できるなら、契約に明記しておくほうが早い。断水地域では、水そのものを誰が持ち込むかも決めておく。第三に、その工事の作業時間帯。近隣配慮で日中を避けた結果、夜間の作業になり照度不足で転落が起きるという逆転が起こりうる。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| 段階 | 確認事項 |
|---|---|
| 業者選定 | 建設業許可、労災保険の加入、石綿事前調査の有資格者の有無 |
| 見積 | 安全対策費・熱中症対策費が別途計上されているか |
| 工期 | 猛暑日の作業中断・短縮を見込んだ日数になっているか |
| 契約 | 施工方法・工期について安全をそこなう条件を付していないか |
| 契約 | 緊急時の連絡先、搬送先、事故発生時の報告ルートの明記 |
| 契約 | 休憩場所・飲料水・製氷の提供主体の明記(断水地域は特に) |
| 石綿 | 事前調査の実施主体、有資格者の氏名、結果報告システムへの報告の有無 |
| 石綿 | 調査結果の書面受領と保管 |
| 施工中 | 着工前・施工中・完了後の写真の自社保管 |
| 施工中 | 敷地内工事の場合、自社の設備を使わせるときの点検記録 |
| 完了 | 契約書・見積書・領収証・廃棄物処理帳票の保管(償還払いの要件) |
| 完了 | 事故があった場合の記録と、再発防止の申し入れ |
工事を頼む側は、現場の細部までは管理できない。それでも工期と金額と契約文言は選べる。この3つは注文者にしか動かせない変数であり、9月の発注集中期に最も効く安全対策である。