厚生労働省第55報(8月20日10時現在)によれば、県内の被災薬局は142施設、うち営業不可5、建物被害88、断水59、停電20(いずれも8月19日14時時点)。断水59という数字は前報から動いていない。一方、被災医療機関92施設の断水は最大88施設から17施設まで減った。受診できる場所は戻りつつあるのに、処方箋を持って行く先が戻っていない。そのうえ、宮崎県薬剤師会が8月9日、熊本・福岡県薬剤師会が8月12日でモバイルファーマシーの運用を終え、再稼働の発表は本日7時時点で確認できていない。この記事は、支援が撤収した後に恒常的に残る調剤の空白を、産業保健職と人事総務がどう扱うかに絞る。
医療機関17施設に対し、薬局59施設という非対称
同じ厚生労働省第55報の中で、医療機関の断水は17施設、薬局の断水は59施設である(薬局は8月19日14時時点)。母数(医療機関92施設、薬局142施設)を考えても、比率の差は小さくない。しかも薬局の断水は前報から一施設も動いていない。
この非対称が意味するのは、地域によっては「診てもらえるが、その処方箋を近くで調剤してもらえない」という状態が起こりうる、ということである。受診の直後に薬が手に入る前提が崩れると、通院の1回あたりに要する時間が伸び、その分だけ勤務の調整も増える。
薬局は一般に医療機関より小規模で、水の確保手段も限られる。ここから先の理由づけは推測になるため踏み込まないが、事業場が計画を立てるうえでは「医療機関の復旧曲線と薬局の復旧曲線は別物であり、後者の方が遅い局面がある」という事実だけで十分である。
なお、透析については県内94か所のうち最大13か所が困難となり、8月11日時点で12か所が再開、1か所は他医療機関で対応と発表されている。医療の中でも領域によって回復の速度が違う。
モバイルファーマシーが去った後に残るもの
モバイルファーマシーは、被災地に入って調剤機能そのものを持ち込む車両である。これが動いていた8月上旬から中旬は、薬局の断水が続いていても調剤の空白が外部支援で埋められていた。宮崎県薬剤師会は8月9日、熊本・福岡県薬剤師会は8月12日で運用を終えている。
つまり今の局面は、「空白が広がった」のではなく「空白を埋めていた支援が抜け、元の空白が見えるようになった」局面である。DMATが現場活動14隊・コーディネーション33隊(8月19日15時)へ縮小しているのと同じ流れの中にある。支援が薄くなる期間の考え方は記事039、支援縮小後に職域がどこまで引き受けるかの線引きは記事047にまとめた。
薬と受診については既刊が2本ある。記事033はかかりつけ医療機関の断水が続いていた局面を、記事038はお盆の休診と休業が重なる4日間という一時的な山を扱った。本記事はそのいずれでもなく、支援が撤収したあとに残り続ける調剤の空白を扱う。一時的な山であれば残薬の日数を延ばして乗り切れるが、恒常的な空白は運用そのものを変える必要がある。
保険証がなくても保険診療は受けられる、という情報を職場から流す
厚生労働省事務連絡(2026年7月28日)により、マイナ保険証や資格確認書を持たずに避難した被災者は、窓口で次を申し立てれば保険診療を受けられるとされている。氏名、生年月日、連絡先。連絡先の中身は加入している制度で異なり、被用者保険は事業所名、国民健康保険・後期高齢者医療は住所、国民健康保険組合は住所と組合名である。
被用者保険の従業員にとっては「事業所名を言えばよい」ということになる。これは職場から伝えられる情報である。避難時に保険証を持ち出せなかった従業員が受診をためらっている場合、この一文を社内掲示や連絡アプリで流すだけで動く人がいる。この特例の対象期間は2028年8月31日までとされる。
また報道によれば、薬局の仮設店舗での調剤や、処方箋なしでの処方箋医薬品の販売など、調剤に関連する手続の省略を認める事務連絡も出ている。ただし本日7時時点で本文を確認できていないため、ここでは「報道による」と断る。実際に自分の従業員の状況で使えるかどうかは、薬局・地域の薬剤師会・保健所に確認する形をとりたい。職場が「処方箋なしで買えるらしい」と断定して伝えるのは避ける。
職場が今日から手を付けられる4つのこと
第一に、残薬の日数を把握する。聞き方は「薬で困っていませんか」ではなく「薬はあと何日分ありますか」がよい。前者は主観で返り、多くの人が「大丈夫です」と答える。後者は事実で返る。この問いの立て方は記事059で扱ったので、ここでは繰り返さない。2週間目以降は不調そのものが申告されにくくなる(記事036)ので、問いの形で差が出る。
第二に、営業している薬局の情報を集約して共有する。行政や薬剤師会の一覧は更新の間隔があるため、自社の従業員が実際に行けた薬局の情報を社内で集めるのが最も速い。「どこの薬局が開いていた」「待ち時間はどのくらいだった」を1か所に集め、更新日を付けて共有する。
第三に、受診と調剤で別の日に休みが要る前提で休暇を運用する。薬局が遠ければ移動時間が増え、同じ日に両方を終えられないことがある。半日単位・時間単位の取得を認めるか、通院のための時間をどう扱うかを、あらかじめ決めておく。
第四に、お薬手帳やスマートフォンの薬剤情報の携行を促す。処方内容が分かる情報があれば、かかりつけ以外の医療機関・薬局でも話が早い。紙の手帳を失った従業員には、マイナポータルや調剤明細、薬の実物・空シートでも手がかりになることを伝える。
切らしてはいけない薬は、職場が判断しない
高血圧、糖尿病、抗凝固薬、向精神薬、吸入薬。中断による影響が大きい薬はいくつも挙げられるが、ここで重要なのは、職場がその優先順位を決めないことである。
職場の役割は、残薬の日数という事実を把握し、「あと何日分か」を本人と産業医・主治医・薬剤師の間につなぐところまでである。どの薬が何日空いてよいか、代替があるか、減量してつなげるかは、いずれも個別の医学的判断であり、人事総務や上司が関与する領域ではない。産業医面談の枠を確保しておくこと、勤務中に医療者へ連絡できる時間を認めることが、実務としては効く。
在宅避難を続けている従業員は、そもそも把握の網から外れやすい。避難指示は8月21日に県内すべてで解除されたが、解除は住まいや通院手段が戻ったことを意味しない。
8月末の断水解消が、薬局の再開と同じ日ではない
断水が残るのは宇城市2,579戸、八代市1,021戸、氷川町684戸の3市町で、いずれも8月末の断水解消に向けて応急復旧中とされる(国土交通省第47報・8月21日10時現在)。薬局の断水59施設がどの地域にあるかは第55報に内訳がないため断定できないが、この3市町と重なる可能性は見ておきたい。
ここで注意したいのは、通水と再開が同じ日ではないことである。配水管が通っても、宅内配管の漏水確認、貯水槽の洗浄と水質検査を経なければ、飲用や調剤に使える水にはならない。この順序は記事049、設備側の再稼働手順は記事027で扱った。8月末に断水解消が発表されても、その週のうちに近所の薬局が開くとは限らない、という前提で9月上旬の通院計画を組みたい。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| # | 確認すること・決めること | 誰が | 期限の目安 |
|---|---|---|---|
| 1 | 「薬はあと何日分ありますか」の一問を、点呼・朝礼・連絡アプリのいずれかに載せる | 人事総務/各職場長 | 今日 |
| 2 | 残薬7日未満の人を抽出し、産業医・保健師へつなぐ導線を決める(職場は薬の要否を判断しない) | 産業保健職 | 今週前半 |
| 3 | 自社の従業員が実際に行けた薬局の情報(所在地・待ち時間・確認日)を1か所に集約する | 人事総務 | 今週中 |
| 4 | 保険証がなくても氏名・生年月日・事業所名の申し立てで保険診療を受けられることを周知する | 人事総務 | 今週中 |
| 5 | 仮設店舗での調剤や処方箋の取扱いの特例は、断定せず薬局・薬剤師会・保健所への確認を案内する | 産業保健職 | 随時 |
| 6 | 受診日と調剤日が別日になる前提で、時間単位・半日単位の休暇運用を明文化する | 人事総務 | 今週中 |
| 7 | お薬手帳・スマートフォンの薬剤情報の携行を呼びかけ、紛失時の代替手段も併せて示す | 産業保健職 | 今週中 |
| 8 | 断水が残る宇城市・八代市・氷川町に居住・通勤する従業員の通院手段を個別に確認する | 各職場長 | 8月末まで |
| 9 | 8月末の断水解消後も、薬局の再開まで時間差があるとみて9月上旬の通院計画を組む | 人事総務 | 8月末 |
| 10 | 支援撤収後に職域が引き受ける範囲(情報提供までか、同行・送迎まで含むか)を文書で線引きする | 事業場責任者 | 今週中 |