病院BCP「職員の健康確保施策の策定」

災害時にも職員が健康に働ける職場環境が重要

医療機関は重要な社会のインフラの一つであり、災害発生時にも病院機能を維持することが求められています。災害時には、業務量が増大する一方で、被災によってマンパワーが不足する中で、発災直後から継続的に医療提供を果たすためには、職員の健康確保を行うことが必要不可欠です。災害時の地域医療の中心的役割を担う災害拠点病院では事業継続計画(Bussiness Continuity Plan: BCP)の整備が義務付けられています(下図参照)。事前に職員の健康確保をBCPに盛り込むことで、災害発生時にも職員の健康確保を効果的に行うことが可能になり、医療機関が継続的に医療提供体制維持に寄与すると考えられます。

医療機関におけるBCPの重要性

2011年3月に起こった東日本大震災では、東北地方を中心とする広い範囲で、甚大な被害が発生しましたが、医療機関もその例外ではありませんでした。診療が可能な医療機関は、平常時の数倍もの負傷者が搬送されたため、電気・ガス・水道の復旧までに長期間を要するなど多くの課題を抱えながら診療継続を余儀なくされました。大地震はもちろん、さまざまな災害が発生した際、医療機関において事業を継続することの難しさは、自らが被災しているにもかかわらず、対応するべき患者の数が平常時より増え、その状態が続くことにあります。医療機関は、経営資源の多くが欠ける、あるいは不足する中でも、これまで医療従事者の高い職業意識と献身的な努力によって、医療サービスを提供し続けてきました。そうした経緯を踏まえ、これからはBCPを策定し、それを的確に運用することによって、被災後も速やかに医療機能を復旧させ、事業を継続することでその社会的責任を果たすことが求められています。

災害時の病院職員の健康問題の例

災害時には、病院職員に以下のような健康問題が発生する可能性があります。
・直接的な被災、悲惨な場面を目撃することによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)
・生活環境の変化による問題
      例)高血圧や糖尿病、がんなどの持病の悪化・治療の中断
・職場環境の変化による問題
      例)長時間労働やカスタマーハラスメントなどによるメンタルヘルス不調

現状分析〜災害拠点病院のBCPにおける職員の健康確保策定状況〜

日本全国の災害拠点病院のBCPにおける職員の健康確保策定状況は不明です。そこで、我々は2023年8月に災害拠点病院に指定されている全国770の病院に郵送でBCP送付を依頼し、収集されたBCPから職員の健康確保に関する以下の10項目の策定状況を分析したところ、以下のような結果になりました。BCPに健康確保の記載をすることで、災害時にも病院職員が安定して働ける可能性が高まり、医療提供機能の維持に寄与すると考えられます。災害時にも病院職員が持続的に働くためのBCPが整備されることが望まれます。

職員の健康確保施策10項目の説明

[健康確保の方針]

災害時にも職員が健康に働ける職場環境を実現するためには、まずは、病院の経営層が中心となって、事業継続戦略として職員の健康確保を推進するという方針やメッセージを示すことで重要です。BCPに「職員の健康確保の方針」を策定することで、職員の健康と安全を最優先に考える姿勢を示すことができます。

<健康確保の方針の具体例や、収集したBCPの良好事例>

[安否確認]

職員の安否確認は、災害時に従業員の安全を確保するための最初のステップです。迅速に従業員の状況を把握し、必要な救援活動や避難指示を的確に行えるようになり、被害(二次被害含む)を最小限に抑え、従業員の生命を守ることができます。安否確認が迅速かつ確実に行われることで、誰が無事で、誰が支援を必要としているかが早期に把握でき、BCPの次のステップである業務再開の計画を迅速に立案し、必要なリソースを適切に配分することが可能になり、病院機能維持が促進されます。

<安否確認の具体例や、収集したBCPの良好事例>

[休憩・宿泊場所の確保]

災害発生時は職員の自宅が被災したり、帰宅難民となり病院で休憩・宿泊する可能性があります。そこで、休憩や宿泊できる場所を確保しておくことが求められます。

<休憩・宿泊場所の確保の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[ローテーション勤務]

病院は災害時にも医療提供を24時間の勤務体制で継続的に提供することが求められます。24時間の勤務体制を組みためには、医療スタッフが交代制・ローテーション制で勤務することが必要です。災害時に出勤できる病院職員が減ることや、普段は交代制勤務を組まない部署・人員についても24時間勤務を想定しておくことも検討されます。急性期には人員が大きく減少することや、受援のためのローテション勤務も検討されます。

<ローテーション勤務の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[過重労働対策]

災害時には、病院職員は長時間勤務に従事せざるえない状況に陥ります。その結果、長時間勤務による健康問題(脳・心血管疾患やメンタルヘルス不調)を起こす可能性があります。BCPに過重労働対策を策定することで、長時間労働による健康問題を予防・低減することが期待されます。

<長時間労働対策の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[連続勤務の防止]

災害時には、病院職員は連続勤務や休息が取れない状況に陥り、身体的・精神的健康問題を引き起こす可能性があります。また、疲労やストレスが蓄積すると、業務上のミスや事故のリスクが高まります。適切な勤務間インターバル制度や、連続勤務の防止ルールを策定しておくことで、従業員の疲労やストレスの軽減に役立ちます。

<連続勤務の防止の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[メンタルヘルス対策]

災害時には、病院職員は高いストレスを抱え、強い精神的負担を受けることがあります。病院職員のメンタルヘルスが従業員のメンタルヘルス不調により休職者や退職者が増加する懸念があります。また、業務上のミスや事故のリスクが高まり、サービスの品質が低下する可能性があります。

<メンタルヘルス対策の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[健康相談窓口の設置]

災害発生時に、病院職員に様々な健康上の問題を抱える可能性があります。その際に、相談窓口を設けることで、病院職員が健康上の問題や懸念を相談し、適切なアドバイスや支援を受けることができます。また、早期に健康問題に対応することで、重大な健康問題になることを防ぐことが期待されます。

<健康相談窓口の設置の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[産業保健職の役割]

産業保健職は病院職員の健康と安全の確保するための専門職です。災害発生時において、病院職員には特有の健康問題が発生する可能性がありますので、産業保健職の役割をBCPに定めることで、災害時においても病院職員の健康管理の役割を有効に発揮できます。

<産業保健職の役割の記載例や、収集したBCPの良好事例>

[その他の健康管理]

次のような健康管理施策が考えられます。それらをBCPに盛り込むことで、病院職員が健康を維持しながら、業務に従事することが期待できます。病院の状況に応じて策定をご検討ください。

・ラインケア(管理職向け)研修の開催
・セルフケアのための方法や考え方などの情報提供
・保護具や感染対策備品、衛生備品等の準備

<その他の健康管理の記載例や、収集したBCPの良好事例>

病院のBCPの健康確保施策のサンプル

上のボタンからダウンロードできない場合には、以下のURLをコピーしてダウンロードしてください。

< http://dohcuoeh.com/wp-content/uploads/2024/09/124e9823c326f7d07b963365a32a611d-1.docx>

災害時に起こりうること(イメージ画像)

災害時の職員の健康確保は想定されていますか?
人員が少ない際のローテーション勤務を検討していますか?
安否確認システムは導入していますか?
連続勤務にならないように災害時の労務管理は準備できてる?
長時間労働(過重労働)による疲弊対策は?
職員のメンタルヘルス対策はとれていますか?
休憩場所や仮眠・寝泊まりできる設備は確保していますか?
災害発生時の産業医・保健師の役割は決めていますか?

 参考となる資料集・リンク集・文献

医療機関のBCPのひな形

医療機関BCP 文書サンプル – 東京都保健医療局
中小医療機関のための – BCP
産業医科大学におけるBCPの健康確保記述部分(抜粋)

学会発表

宮﨑柊人、五十嵐侑、小井土雄一、久保達彦、福生泰久、五明佐也香、相川稜太、立石清一郎. 災害時における病院職員の健康確保施策策定状況の調査第97回日本産業衛生学会. 広島 (優秀演題賞受賞)

謝辞

本研究は日本災害医学会主導研究として実施しました。本研究の趣旨を理解し協力して頂いた全国の災害拠点病院の関係者に深く感謝申し上げます。

本研究の遂行にあたって多大なご支援を賜りました下記の諸先生方に、この場をお借りして感謝申し上げます。
小井土雄一先生、久保達彦先生、福生泰久先生、五明佐也香先生、相川稜太先生