この記事は、被災地の事業場で働く産業保健職と人事総務、および従業員を被災地に置く本社の人事に向けたものです。8月28日10時時点で、県内の断水は氷川町の58戸まで減りました。ここから先に必要なのは、地域単位の「解消」を人単位の「使える」に翻訳する作業です。断水戸数の統計から外れたあとに水が使えない従業員をどう見つけ、何を支えるかを整理します。設備側の始末は記事079、給水拠点の閉鎖は記事077で扱っています。
統計上の「解消」は、蛇口の状態を意味しない
国土交通省の8月28日10時時点の資料では、氷川町は最大3,231戸のうち3,173戸(98%)が解消、5戸が通水済み、53戸が断水中とされています。この「通水済み」5戸は、水道本管まで水が届いたが使用は自粛している状態です。宇城市も、断水が解消した地区について「漏水調査のため水が出ることがありますが、飲用水としてはお控えください」と案内してきました。
つまり公表される断水戸数は、水道事業者が本管まで水を送れたかどうかの指標です。「通水した」と「使ってよい」が同じではないことは記事049で扱いましたが、断水がゼロに近づく局面では、このずれが逆向きに効きます。数字が消えると、行政も報道も職場も、その地域を「もう終わった場所」として扱い始めるからです。
水が使えない理由は、本管の外に4つある
断水統計から外れたあとに水が使えない従業員がいるとき、理由はおおむね次のどれかです。
第一に、宅内配管・給水装置の破損です。敷地内から蛇口までの配管は所有者の資産で、修繕は自己負担です。宇城市は指定給水装置工事業者への連絡かコールセンターの利用を案内しています。ここは工事業者の順番待ちが生じる部分で、本管が直っても数週間動かないことがあります。
第二に、井戸の被災です。8月27日に決定された政府の支援パッケージには、井戸の被災状況調査と、洗浄・補修への支援、県外工事業者による修繕の掛かり増し経費への支援が盛り込まれました。裏を返せば、上水道の統計にそもそも載らない世帯が一定数あるということです。
第三に、減圧配水と時間制限の残りです。宇城市の松橋町・小川町では8月27日からさらに減圧した配水が行われ、日中も水が出にくい状態が続くとされていました。夜間給水制限の勤務への影響は記事051で扱っています。
第四に、集合住宅の受水槽・高置水槽の側です。本管が復旧しても、建物側のポンプや水槽が損傷していれば水は上がりません。事業場の貯水槽については記事027を参照してください。
支援が閉じる速度と、修繕が終わる速度は違う
応急給水は縮小の局面にあります。8月27日時点で、宇城市の給水所は小川防災拠点センターの1か所(給水車は8時30分から17時、仮設タンクは24時間、1人1日4リットル以内)、氷川町は町役場と宮原振興局の2か所(1回10リットルまで)です。拠点が減れば、まだ水がない世帯の移動時間は延びます。1人1日4リットルは飲用と調理の量であり、洗濯や入浴は別に確保しなければなりません。
給水が閉じる順番が通水の順番と違うことは記事077で書きました。ここで職場が押さえておきたいのは、支援の終了が公表されるのに対し、宅内配管の修繕待ちは誰にも公表されないという非対称です。前者は把握できますが、後者は本人が言わない限り分かりません。
加えて、8月29日の熊本市の予想最高気温は37度で、熱中症警戒アラートは11日連続の発表です。水の確保に要する移動と運搬そのものが、この気温では負荷になります。給水拠点までの往復と20リットル程度のタンクの運搬を、真昼に行わせない配慮が要ります。給水車が引き上げたあとの「水の自立」については記事060で扱いました。
申告されない理由が、この時期は増えている
発災1か月を過ぎ、周囲の生活が戻り始めた局面では、「自分だけまだ」と言いにくくなります。強い被害を受けた人の姿が共有されているほど、軽い困りごとは口に出されなくなる構造は記事009で、2週間目以降に不調が申告されなくなる時期の設計は記事036で扱いました。
したがって「困っている人は申し出てください」という呼びかけは、この時期には機能しません。聞き方を、状態を尋ねる形に変える必要があります。「困っていますか」ではなく「自宅の蛇口から水は出ますか」「飲み水はどこで確保していますか」「風呂はどうしていますか」と、事実だけを聞きます。管理職経由ではなく、産業保健職や人事から全員に同じ質問を投げるほうが、答えやすさは上がります。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| 区分 | 確認すること | 目安・補足 |
|---|---|---|
| 名簿 | 「居住地域の断水解消」ではなく「自宅の蛇口から水が出るか」を項目として持っているか | 地域単位の管理では宅内配管・井戸の世帯が漏れる |
| 名簿 | 応急住宅・親族宅・みなし仮設へ移った従業員の現住所が更新されているか | 入居が進む局面(記事076) |
| 聞き方 | 困りごとを尋ねるのではなく、水・トイレ・入浴・洗濯の状態を事実として尋ねているか | この時期は申告されにくい |
| 生活支援 | 給水拠点の場所・時間・持ち帰り制限を、最新のものに更新して掲示しているか | 拠点は集約されて減っている |
| 勤務 | 給水・入浴・洗濯のための移動時間を勤務時間の中に置けているか | 記事030 |
| 修繕 | 宅内配管の修繕が自己負担であること、指定給水装置工事業者・コールセンターの窓口を周知しているか | 順番待ちが長期化しうる |
| 井戸 | 井戸利用世帯を把握し、井戸復旧支援の対象になりうることを伝えているか | 8月27日決定のパッケージに支援が明記 |
| 水質 | 通水直後の捨て水、濁り水が出た場合の連絡先を伝えているか | 「通水」と「使用可」は別(記事049) |
| 事業場 | 受水槽・高置水槽・給湯設備・冷却塔の再稼働手順を踏んだか | 記事027 |
| 事業場 | 買い足した備蓄水と借用中の応急給水設備の始末を決めたか | 記事079 |
| 記録 | 断水期間中の休業・遅刻・特別休暇の扱いを、9月の運用に引き継ぐ形で整理したか | 暫定措置の本運用化(記事061) |
断水戸数がゼロになる日は、支援が終わる日ではなく、支援の対象が地域から個人に切り替わる日です。統計から消えた人を職場が拾えるかどうかが、9月の健康管理の出発点になります。