8月4日、国土交通省は断水の解消見込みを市町村別に示した。甲佐町は8月初旬、八代市・宇城市・氷川町は8月末である。断水戸数は4市町で約4万4,000戸(8月4日9時)。ここで確定したのは「もうすぐ終わる」ではなく、「あと3週間以上、給水所に通う生活が続く」という事実である。給水所は78か所、給水車は計100台規模で稼働しているが、1人あたりの給水量が制限されたり、長時間並ばざるを得なかったりする状況が報じられてきた。この記事は、断水地域に従業員を抱える人事総務と産業保健職に向けて、給水所への往復という「見えない労働」を、勤務のなかにどう位置づけるかを扱う。
1. 消えている時間を、まず数える
給水所通いは、生活の不便として語られることが多い。しかし職場から見ると、これは端的に可処分時間の減少である。移動に往復30分、待機に30分から1時間、積み下ろしと家の中への搬入に15分。1回あたり1時間半から2時間になる。4人世帯で1人4〜5リットルの制限がかかると、飲用と調理だけで1日20リットル前後、トイレや洗い物を含めればそれでは足りず、通う頻度は1日1回では収まらない。
これが8月末まで続くと、1世帯あたり延べ数十時間が消える。その時間は、睡眠、家事、子どもの世話、そして休養から削られる。事業場が「通常勤務に戻した」つもりでいても、従業員の1日は震災前と同じ長さではない。遅刻や集中力の低下、居眠り、些細なミスの増加が起きたとき、それを勤怠の問題として扱うと本質を見誤る。
まずやることは、聞き取りである。断水地域に居住する従業員が何人いるか、そのうち給水所に通っているのは誰か、1日あたり何回・何時間かかっているか。三つだけでよい。この数字がないまま「配慮する」と言っても、実際の勤務は変わらない。
2. 負担は世帯のなかで偏る
給水の負担は、家族のなかで均等には分かれない。運搬は体力のある人に寄り、待機は時間の融通が利く人に寄る。実際には、日中に動ける人(休職中、パート勤務、高齢の親族)に待機が集中し、帰宅後の運搬が正社員に寄るという形になりやすい。結果として、「昼間ずっと並んでいる人」と「帰宅後に重い水を運ぶ人」が同じ世帯のなかで同時に疲弊する。
ここで職場が見落としやすいのが、単身者と、高齢の親族と同居している従業員である。単身者は代わりに並ぶ人がいないため、勤務時間帯と給水所の開設時間が重なると水が確保できない。熊本市の給水拠点は午前8時から午後7時までといった時間帯で運用されており、通常勤務の従業員は前後の時間しか使えない。高齢の親族がいる世帯では、暑さのなかで高齢者を並ばせるわけにいかず、負担は現役世代に集中する。
育児・介護を抱える従業員の就業支援は記事016で扱ったが、給水はそこに上乗せされる負荷である。同じ人に重なっていないかを確認したい。
3. 職場でできる四つの手当て
事業場で水を配る。 最も効果が大きいのはこれである。事業場が給水車の受け入れや飲料水の一括調達を行い、退勤時に持ち帰れるようにすれば、往復の時間そのものが消える。政府はプッシュ型で飲料水を送っており、自治体経由での調達可能性も含めて確認する価値がある。運搬容器(20リットルのポリタンクは満水で20キログラムになる)を会社で用意し、台車を貸し出すだけでも負担は変わる。
就業時間内に取りに行けるようにする。 給水所の開設時間と勤務時間が重なる以上、時間単位年休、中抜け、時差出勤のいずれかを認めないと、実際には取りに行けない。特別休暇として扱うか年休として扱うかは事業場の判断だが、「制度としてある」ことより「上司が実際に許可する」ことのほうが効く。管理職に明示的に周知する。
運搬手段を用意する。 社用車の私的利用を限定的に認める、台車やキャリーカートを貸し出す、事業場の駐車場で積み替えができるようにする。水は重く、徒歩や自転車での運搬は現実的でない。
断水地域の従業員に、シャワーと洗濯の場所を用意する。 県は自衛隊やフェリーによる入浴支援を複数市町で行っている。事業場のシャワー室が使える場合は開放を検討したいが、通水後の設備再稼働の手順を踏んでいることが前提になる(記事027)。
4. 水を運ぶこと自体が、健康リスクである
給水所通いは、それ自体が労働災害に近い負荷を持つ。20リットルのポリタンクは満水で20キログラムであり、これを持ち上げ、階段を上り、車に積み下ろしする動作が1日に何度も繰り返される。腰痛はこの局面で急増する。復旧作業による腰痛と重なると、慢性化しやすい。
暑さも重なる。給水所での待機は屋外であり、日陰が十分にない場所も多い。8月3日に熊本市で40.3度を記録し、熊本地方気象台は4日・5日とも38度を予想している。この気温のなかで1時間並ぶことは、それ自体が熱中症のリスクである。8月2日には車中泊をしていた70代女性が熱中症の疑いで死亡し、今回の地震で災害関連死の疑いとされた初めての事例となった。屋外で長時間待機する行為を、職場は「私生活」として視野の外に置かない。
産業保健職として従業員に伝えたいのは三点である。1回で運ぶ量を減らして回数を分けること(容器は10リットル以下を複数にするほうが腰にも熱にもよい)。待機中に飲む水を別に持つこと(水を汲みに行って脱水するのは本末転倒である)。そして、朝夕の涼しい時間帯を選ぶこと。この三点は、事業場の掲示物として出せる粒度である。
5. 「もう慣れた」と言い始めた頃が危ない
発災から1週間が過ぎ、断水地域の従業員は給水所通いを日課として組み込み始めている。慣れは適応であり、それ自体は悪いことではない。ただし慣れは申告を減らす。「みんな同じだから」「もっと大変な人がいるから」という理由で、疲労も腰痛も睡眠不足も言わなくなる。この構図は記事009で扱ったとおりである。
そのため、面談や声かけでは「困っていることはありますか」と開いた形で聞かず、「水は1日何回取りに行っていますか」「何時ごろですか」「誰が運んでいますか」と、事実として聞く。時間と回数は答えやすく、そこから睡眠時間と休養の話に入れる。8月末まで続くと決まった以上、これは一度聞いて終わりにする話ではなく、週単位で確認する項目である。
そして、解消の見込みが示されたこと自体を従業員に伝えたい。終わりが見えない負担と、あと3週間と分かっている負担は、同じ長さでも耐えやすさが違う。ただし見込みは見込みであり、地区によって前後することも併せて伝える。断水が長期化する前提での事業継続の考え方は記事023に、断水下の事業場運営は記事010にまとめている。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| 項目 | 内容 | 担当 |
|---|---|---|
| 把握 | 断水地域に居住する従業員の人数と、給水所への往復にかかる1日の回数・時間を聞き取る | 人事総務 |
| 把握 | 単身者、高齢親族と同居する者、育児・介護を抱える者が重なっていないかを確認 | 人事総務・産業保健職 |
| 供給 | 事業場での飲料水の一括調達・配布、給水車受け入れの可否を自治体に確認 | 総務 |
| 供給 | 10リットル程度の運搬容器と台車を会社で用意し、貸し出す | 総務 |
| 勤務 | 時間単位年休・中抜け・時差出勤のいずれかを、給水目的で使えることを明文化 | 人事総務 |
| 勤務 | 管理職に対し、給水を理由とする離席・遅参を認めるよう明示的に周知 | 人事総務 |
| 生活 | 入浴支援(自衛隊・フェリー等)の実施市町を従業員に周知 | 総務 |
| 健康 | 1回の運搬量を減らす、待機用の飲料を別に持つ、朝夕に行くの3点を掲示 | 産業保健職 |
| 健康 | 腰痛と熱中症症状の申告を、週単位で事実ベースの質問により確認 | 産業保健職 |
| 情報 | 解消見込み(甲佐町8月初旬、八代市・宇城市・氷川町8月末)と、地区差がありうることを併せて周知 | 人事総務 |