088_9月の健診結果を、被災の影響ごと読む — 血圧・体重・睡眠の振れを、異常値ではなく経過として扱う

明日から9月である。定期健康診断とストレスチェックを秋に実施する事業場では、いよいよ実施が始まる。今年の対象者は、1か月以上にわたって断水・停電・避難・復旧作業・連日の猛暑を通り抜けたあとで受診する。数値は例年と同じようには出ない。ここで判定を機械的に処理すると、本当に手当てが要る人を見落とし、一時的な変動の人を過剰に拾う。記事058では9月の法定業務をどう設計し直すかを扱った。この記事はその次の段階、出てきた結果をどう読み、面談で何を拾い、事後措置をどう決めるかを扱う。

目次

何が動きうるかを、実施前に共有しておく

被災地の今年の夏に固有の条件は、少なくとも四つある。第一に、熊本県では8月20日以降12日連続で熱中症警戒アラートが発表されており、8月31日も熊本市で最高気温37度が予想されている。第二に、断水は統計上解消したが、宇城市の4町では減圧給水が続き、応急給水拠点は8月31日で終了する。第三に、避難所には8月28日14時時点で61か所2,416人が滞在し、ホテル等への2次避難や応急住宅への移行が進行中である。第四に、復旧・復興作業に従事した人が多い。

これらは体重、血圧、脂質、血糖、肝機能、腎機能や尿酸値、そして睡眠に影響しうる条件である。個々の数値がどう動くかは人によるため、断定はできない。だが「例年と条件が違うので、去年との差を見る」という方針そのものは、実施前に産業医と衛生委員会で共有できる。共有しておかないと、判定と事後措置の段階で個別に議論することになり、実施が遅れる。

単年の値ではなく、差と経過で読む

判定を機械的に処理しないための実務的な手立ては単純である。前年値を並べて出すことに尽きる。健診機関の帳票が単年しか出さない場合でも、社内で前年の数値を横に置いた一覧をつくれば、産業医は「もともと高い人」と「この夏に動いた人」を分けて見られる。

差が大きく出た人には、その差を説明する生活条件があるかを問診で確かめる。避難所や車中泊で過ごした期間、自宅の水がいつ戻ったか、屋外や高所の復旧作業に従事したか、通勤経路と所要時間が変わったか。この四つが分かるだけで、同じ数値の意味は変わる。条件が説明できる変動は経過として追い、条件が説明できない変動は精査に回す。この線引きを先に決めておくと、判定が滞らない。

体重の増減はとくに解釈を誤りやすい。避難所や車中泊で食事の選択肢が限られた期間に増えた人もいれば、暑熱下の作業で減った人もいる。増えたことも減ったことも、それ自体は判定の材料にならない。どちらであっても、いま何を食べているか、9月に戻せる見込みがあるかを聞くほうが、次の一年の管理につながる。

問診票に足す三行と、面談で拾う三つ

問診票に足す項目は、多くなくてよい。「7月28日以降の主な居住場所(自宅・避難所・車中泊・親族宅・ホテル・応急住宅)」「自宅の水道が通常に使えるようになった時期」「復旧・復興作業への従事の有無と期間」の三行で足りる。これは記事059で触れた在宅避難者の把握とも重なる。

面談で拾うのは三つである。一つ目は睡眠。暑さと避難環境で寝つけない状態が続いた人は、9月に涼しくなっても戻らないことがある。二つ目は飲酒。量が増えたまま定着していないか、就寝前の飲酒に置き換わっていないか。三つ目は服薬の中断である。かかりつけ医療機関や薬局が動いていなかった期間に、降圧薬や糖尿病治療薬が途切れた人がいる。被災薬局は143施設、営業不可4施設で、八代市が46施設と最多である(厚生労働省第59報、8月27日10時現在)。モバイルファーマシーは8月12日で終了しており、薬の入手が元に戻っているとは限らない。血圧や血糖の数値だけを見て「悪化」と判定する前に、飲めていたかを確認したい。

事後措置と就業判定は、保留を使ってよい

有所見であっても、その場で就業制限を決めなければならないわけではない。一時的な条件による変動が疑われるときは、再検査の日程を先に置き、それまでは経過観察とする判断がありうる。重要なのは、保留にしたことを記録に残し、いつ誰が見直すかを決めておくことである。「9月は保留、10月中旬に再検査、11月の産業医面談で判定」といった形で、期限を持った保留にする。保留の理由を「被災に伴う一時的変動の疑い」と一行だけ書き添えておけば、来年の担当者が今年の判断を読み解ける。

一方で、保留にしてはいけないものもある。屋外・高所の復旧作業に継続して従事する予定の人で、血圧が明らかに高い、あるいは自覚症状がある場合は、暑熱作業の中止基準とあわせて先に手を打つ。作業中止の考え方は記事025記事043に整理している。9月に入っても熱中症警戒アラートが出る日は続きうるため、暑熱の判断を8月で終わったものとして扱わない。

ストレスチェックの読み方も一段変える

高ストレス者の割合が例年より上がる可能性がある。ここで数字の上下を組織の評価に直結させると、現場は「答えないほうが得」と学習する。今年に限っては、集団分析の結果を前年と比べて良し悪しを論じるより、部署ごとに被災の条件(事業場の被害、通勤の変化、応援派遣の有無)を並べて読むほうが実態に近い。記事036で触れたとおり、緊張が切れる時期には申告そのものが減る。面接指導の申出が少ないことを「問題がない」と読まないことが、この秋の要点である。

実務でそのまま使えるチェックリスト

項目9月にやること
実施前の合意「単年の値ではなく前年との差で読む」方針を衛生委員会と産業医で共有し、議事録に残す
帳票の準備前年値を横に並べた一覧を社内で作成する
問診票居住場所・自宅の水の復旧時期・復旧作業従事の三行を追加
面談項目睡眠、飲酒、服薬の中断の三つを必ず確認する
服薬かかりつけ薬局が動いているか、9月の処方切れがないかを本人と確認
判定期限を決めた保留を使う。再検査日と見直し時期を記録に残す
暑熱作業血圧高値かつ屋外・高所作業従事者は保留にせず先に手を打つ
ストレスチェック集団分析は前年比較より部署ごとの被災条件と並べて読む。申出が少ないことを問題なしと読まない

健診は、この1か月を数字で残せる数少ない機会でもある。記事061で触れた「感想で終わらせない」を、秋の法定業務の側から実行する場と考えたい。

参考

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