024_通勤が「当分戻らない」と決まった日 — 鉄道・高速道路の長期寸断下で勤務をどう設計するか

8月1日、JR九州は九州新幹線 熊本〜新水俣と鹿児島本線 宇土〜八代について「8月中の再開は困難」との見通しを示した。同時に、鹿児島本線 熊本〜宇土と三角線 宇土〜三角は8月2日に再開した。九州自動車道の松橋IC〜えびのIC は通行止めが続いている。つまり、熊本市周辺は動き始め、八代方面は当分動かないという線が引かれた。

この記事は、被災地の人事総務・産業保健職と、被災地に事業場を持つ本社の人事に向けて書いている。通勤が成立しない状態が「一時的な混乱」から「当面の前提」に変わったとき、勤務をどう設計し直すかを、本日時点の熊本の交通状況に即して整理する。

目次

1. 何が、いつまで動かないのか

本日8時時点で確認できる交通の状況は次のとおりである。

区間・経路状況見通し
九州新幹線 博多〜熊本7月31日始発から再開運行中
九州新幹線 熊本〜新水俣運休日奈久断層の交差部で地盤変状、橋りょう・レールが大きく損傷。8月中の再開は困難
九州新幹線 新水俣〜鹿児島中央運休再開に向け検討中
鹿児島本線 熊本〜宇土8月2日再開本数を減らして運転
鹿児島本線 宇土〜八代運休広範囲の設備被害。8月中の再開は困難。代行輸送の計画は未定
三角線 宇土〜三角8月2日再開通常運転
九州自動車道 松橋IC〜えびのIC通行止め見通し未公表
南九州西回り自動車道 八代JCT〜田浦IC通行止め見通し未公表
熊本市電7月29日始発から再開運行中
熊本空港7月30日から通常運用運用中

読み取るべき要点は三つある。

第一に、熊本市を境に南北で状況が大きく違う。市内・市北部の従業員は通勤手段が戻りつつあるが、宇城・八代・芦北方面は鉄道も高速道路も断たれている。全社一律の通勤ルールでは実態に合わなくなる。

第二に、「8月中は困難」という表現は再開日ではない。9月に再開するとは言われていない。代行輸送の計画も未定とされており、少なくとも数週間は一般道の自動車移動に依存する。

第三に、一般道への負荷が増える。高速道路が長区間で通行止めになり、鉄道の代替も自動車になるため、平時より通勤時間が読めなくなる。これは遅刻の問題ではなく、長時間運転による疲労と事故リスクの問題である。

2. 通勤時間の延伸を「安全衛生の問題」として扱う

片道の通勤が1時間延びれば、往復で2時間、睡眠時間が2時間削られる。断水地域の従業員はそこに給水拠点通いが乗る。避難所や車中泊で寝ている従業員は、そもそも睡眠の質が確保できていない。この三つが重なると、勤務中の眠気と判断力低下は個人の努力では防げない水準になる。

産業保健職として押さえるべき論点は次のとおりである。

  • 社用車・自家用車での長時間通勤者の把握。片道90分を超える者、暗い時間帯に山間部の迂回路を通る者をリストにする
  • 通勤途上の熱中症。エアコンが効かない車両、渋滞での長時間停車、給水拠点に並ぶ時間はいずれも暑熱曝露である。本日8月2日の予想最高気温は39度、3日は40度と、熊本県内で観測されたことのない暑さが予想されている
  • 通勤災害の認定。合理的な経路が寸断されている状況では、迂回路の利用は通常「合理的な経路」に含まれうるが、判断は個別になる。従業員には「通勤経路が変わったことを届け出る」よう周知し、実際の事故時には所轄労働基準監督署に確認する
  • 災害復旧作業に従事した後の通勤。片づけ作業で消耗した状態での長距離運転は、事故リスクを押し上げる

3. 勤務設計の選択肢を、早く狭める

長期寸断が確定した段階では、選択肢を並べるより、自社で採れるものを早く絞って明示するほうが従業員は落ち着く。実務上の選択肢は概ね次の五つである。

(1) 始業・終業時刻の繰り下げ・繰り上げ 最も導入が早い。時差出勤にすることで、渋滞のピークと猛暑の時間帯の両方を外せる。就業規則に時差出勤の定めがない場合でも、災害時の臨時措置として労使協議のうえ運用する例が多い。

(2) 在宅勤務・サテライト勤務 断水地域では自宅の環境(水・電気・空調)が悪く、在宅勤務が必ずしも負担軽減にならない点に注意する。会社が空調と水を確保できる拠点を開放するほうが有効な場合がある。

(3) 近隣事業場への一時的な就業場所変更 就業場所の変更は労働条件に関わるため、本人同意と手当・通勤費の取扱いを明確にする。通勤費は実費精算に切り替えると揉めにくい。

(4) 特別休暇・有給の柔軟運用 交通途絶による欠勤を無給欠勤にすると、収入減が生活再建を直撃する。災害特別休暇の新設、または年次有給休暇の時間単位取得の拡大が現実的である。

(5) 休業と雇用調整助成金の活用 交通・断水により事業活動が縮小する場合、雇用調整助成金の対象になりうる。本日8時時点で今回の地震に係る新たな特例の発表は確認していないが、災害救助法が適用された地域では過去の災害で特例が設けられた例がある。最新の取扱いは記事020と熊本労働局の案内を確認されたい。

いずれを選ぶにせよ、「いつまでの措置か」を書くことが重要である。期限を書かないと、従業員は毎週末に「来週も認められるのか」を心配することになる。「8月末までの措置とし、交通の復旧状況をみて延長を判断する」と書けば、それだけで負担は下がる。

4. 事業場の側の移転・集約を考え始める前に

宇土〜八代の鉄道が当面戻らず、高速道路も通行止めが続くとなると、事業場の一時的な集約や機能移転が経営の選択肢に上がる。ここで産業保健職が事前に言っておくべきことがある。

移転・集約は、従業員にとっては通勤の変化にとどまらず、生活拠点の選択を迫るものになる。被災して住居が損傷している人、家族の介護や子どもの学校がある人にとって、通勤先の変更は退職の検討につながりうる。決定を急ぐ前に、対象者に個別の事情を聴く機会を設けるべきである。

また、移転先の事業場では、受け入れる側の従業員に業務量と気疲れが集中する。受け入れ側の管理職への負荷は見えにくいため、産業保健職から意識的に確認する。

5. 被災地外の本社が今日やること

被災地外の本社は、鉄道の再開ニュースを見て「もう通えるはず」と判断しがちである。本日再開したのは熊本〜宇土と宇土〜三角であって、八代方面は動いていない。従業員の居住地単位で通勤可否が分かれることを、本社の意思決定者に具体的な地名で伝える。

あわせて、被災地の管理職に判断を丸投げしない。「現地判断で」という指示は、現地の管理職に責任を負わせつつ、彼ら自身も被災者であるという事実を無視することになる。出社不要とする基準、休業手当の扱い、経費の取扱いは本社が決めて示す。

実務でそのまま使えるチェックリスト

#確認項目期限の目安担当
1従業員の居住地を「熊本市周辺/宇城・八代方面/その他」で仕分けたか本日中人事
2片道通勤時間が平時より30分以上延びる者を特定したか8月3日まで人事
3片道90分超・夜間の迂回路運転をする者をリスト化したか8月3日まで産業保健職
4時差出勤の導入可否と適用範囲を決定し、文書で周知したか8月3日まで人事
5在宅勤務より事業場開放のほうが有効な従業員がいないか検討したか今週中人事/産業保健職
6交通途絶による欠勤の賃金・休暇の取扱いを明文化したか8月3日まで人事
7措置の適用期限(例:8月末まで)を明記したか8月3日まで人事
8通勤経路の変更届の提出を周知したか今週中人事
9車内・渋滞・給水待ちの暑熱曝露について注意喚起したか本日中産業保健職
10復旧・片づけ作業後の長距離運転を控えるよう周知したか本日中産業保健職
11雇用調整助成金等の適用可能性を労働局・社労士に確認したか週明けに人事
12事業場の一時集約を検討する場合、対象者への個別聴取の場を設けたか検討着手前人事/産業保健職

参考

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