政府は8月7日にも令和8年熊本地震を激甚災害に指定する政令を閣議決定する方向で調整していると報じられている。人事総務や経営層からは「激甚指定が出れば、うちの手続も楽になるのか」という問い合わせが増える時期である。結論を先に書くと、8月6日7時時点で公表されている指定の中身は、事業場が直接申請する制度をほとんど含んでいない。この記事は、何が動き、何は動かず、その間に職場が何をしておけばよいのかを整理する。
8月3日に公表された指定見込みの中身
内閣府政策統括官(防災担当)は8月3日、本地震を激甚災害として指定する見込みを公表した。区分は特定の市町村に限らず全国を対象とする「本激」で、適用措置として掲げられたのは次の4つである。
- 公共土木施設災害復旧事業等に関する特別の財政援助(激甚災害法第3条・第4条)
- 農地等の災害復旧事業等に係る補助の特別措置(第5条)
- 農林水産業共同利用施設災害復旧事業費の補助の特例(第6条)
- 小災害債に係る元利償還金の基準財政需要額への算入等(第24条)
いずれも、道路・橋・上下水道・学校といった公共土木施設や農地の復旧について、国が地方公共団体に対する補助率を引き上げるための措置である。同じ文書で内閣府は、今後の被害状況の把握の進展により適用措置や地域が追加される場合があると明記している。つまり現時点の4措置は確定した上限ではなく、出発点である。
あわせて政府は8月4日、総額242億円の予備費使用を閣議決定した。内訳は災害復旧206億円、物資支援24億円、救助業務支援12億円と説明されている。
4つの措置は、事業場の手続を変えない
第3条から第6条、第24条までの措置の受け手は、熊本県や被災市町村である。事業場が申請書を出す窓口はなく、従業員が受け取る給付が増えるわけでもない。指定政令が出た当日に、人事総務の手元で変わることは基本的に何もない。
このことは、社内向けの説明として先に共有しておいた方がよい。指定のニュースは大きく報じられるため、「激甚災害に指定されたのだから何か使えるはずだ」という期待が現場に生じやすい。期待が空振りに終わると、その後に本当に使える制度を案内したときの反応まで鈍くなる。「指定は自治体のインフラ復旧を国が財政的に支えるもので、事業場向けの制度は別に動いている」と一文で伝えるだけで足りる。
一方で、間接的な影響はある。上水道は公共土木施設等の災害復旧事業の対象であり、断水の解消見込みが8月末とされている現状で、復旧予算の裏付けが強化されることは工程の安定に寄与しうる。従業員の生活時間に直結する話として、社内報の材料にはなる。
職場が実際に待っているのは、第25条と第12条
産業保健・人事の実務から見て意味が大きいのは、今回の見込みに含まれていない2つの条項である。
第25条は、雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例である。事業所が災害で事業を休止・廃止し、賃金を受けられない状態にある在職の労働者について、実際には離職していなくても失業とみなして基本手当を支給できるようにするもので、俗に「みなし失業」と呼ばれる。休業手当の支払いが難しい中小事業場にとって、従業員の生活を支える手段として最も影響が大きい。
第12条は、中小企業信用保険法による災害関係保証の特例である。別枠での保証を可能にするもので、資金繰りに直結する。
いずれも8月6日7時時点で公表されている指定見込みには含まれていない。追加されるかどうかは現時点で確認できていない。したがって、社内や取引先に対して「みなし失業が使えるようになる」と先回りして案内することは避けたい。逆に、指定政令の閣議決定と同時にこの2条項が加わる可能性もあるため、閣議決定の報道が出た日には、適用条項の一覧を必ず原文で確認する。確認先は内閣府防災の該当ページである。
待たずに今日から動かせるもの
指定を待つ必要がない制度は、すでに複数動いている。詳細は記事020にまとめているが、労働・雇用関係に絞ると次のとおりである。
- 雇用保険の基本手当の特例(災害救助法の適用地域で、事業所の被災により休業を余儀なくされ離職した場合の取扱い)
- 雇用調整助成金の相談・申請受付(熊本労働局の助成金センターおよびハローワーク)
- 労働保険料等を一時に納付できない場合の猶予制度(延滞金の免除、差押えの猶予を含む)
- 労災保険給付請求における事業主証明・医療機関証明の簡略化
- 未払賃金立替払制度の申請手続の簡略化
- 中小企業退職金共済の掛金納付期限の延長、共済手帳・証紙の再交付
- 財形持家融資の返済方法変更、非課税払出しの取扱い
このうち雇用調整助成金は、指定の有無にかかわらず今日から相談できる。休業を続けている事業場が「激甚指定を待ってから」と考えて相談を先送りすることが、実務上いちばんもったいない。
指定政令が出た日に、人事総務が最初にやること
閣議決定の報道が出たら、次の順で確認したい。
第一に、内閣府の公表資料で適用条項の一覧を見る。第25条が入っているかどうかだけを見ればよい。第二に、入っていた場合は熊本労働局の該当ページで「休業に対する基本手当の特例」の案内が出ているかを確認する。制度が適用されても、運用の案内は労働局から別に出る。第三に、対象地域を確認する。本激であっても、条項によって対象市町村が限定される場合がある。第四に、自社の被災状況を示す資料(罹災証明、被害写真、休業の記録、賃金台帳)が揃っているかを点検する。制度が動いたときに準備ができていない事業場から順に、支給が遅れる。
罹災証明の取得と、被害の記録を残す作業については記事022で扱った。指定を待つ時間は、この準備に充てるのが最も費用対効果が高い。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| 項目 | 内容 | 担当 |
|---|---|---|
| 説明 | 「激甚指定は自治体のインフラ復旧が中心で、事業場向けの制度は別」と社内に一文で共有する | 人事総務 |
| 監視 | 指定政令の閣議決定日に、内閣府公表資料で適用条項(特に第25条・第12条)を原文確認する | 人事総務 |
| 監視 | 第25条が適用された場合、熊本労働局の案内が出るまで社内周知を待つ | 人事総務 |
| 前倒し | 雇用調整助成金の相談を、指定を待たずに助成金センターへ行う | 人事総務/経営層 |
| 前倒し | 労働保険料の納付猶予を、納期限が来る前に労働局徴収室へ相談する | 経理/人事総務 |
| 準備 | 罹災証明、被害写真、休業の日別記録、賃金台帳を1か所に集約する | 人事総務 |
| 準備 | 休業中の従業員の連絡先と、生活状況(断水・都市ガス・住居)の把握表を更新する | 産業保健職/人事総務 |
| 誤解防止 | 「みなし失業が使える」と確定前に案内しない。確定後は個別面談で説明する | 人事総務 |
| 健康 | 休業が長引く従業員について、収入不安を含めた面談の機会を設ける | 産業保健職 |