037_代行バスが動き出す日 — 肥薩おれんじ鉄道の八代〜水俣間で、通勤をどう組み直すか


8月10日から、肥薩おれんじ鉄道の八代〜水俣間で代行バスの運行が始まる予定とされている。この記事は、八代・芦北・津奈木・水俣を通勤圏に持つ事業場の人事総務と産業保健職に向けたものである。鉄道が戻るのではなくバスに置き換わるという事実が、勤務時間・通勤手当・通勤災害・健康管理のそれぞれに何をもたらすかを、8月9日7時時点で分かっていることだけを前提に整理する。時刻表が出てから考えるのでは、月曜の朝に間に合わない。

目次

戻るのは路線であって、輸送力ではない

代行バスは、鉄道と同じ区間を走るが、同じ量の人を運ぶわけではない。1本あたりの定員は列車より大幅に小さく、本数も鉄道の運行本数をそのまま置き換えるとは限らない。着席は保証されず、乗り切れない便が出れば次を待つことになる。そして最も読みにくいのは、所要時間が道路の状況に左右されることである。

現在、南九州自動車道の八代JCT〜田浦IC、九州自動車道の松橋IC〜えびのICは全面通行止めが続いている。熊本県は8月8日、今週中に緊急車両の通行を開始し、8月後半に一般車両も通行可となる見通しを示した。つまり代行バスが走り始める週は、高速道路がまだ一般に開いていない週である。代行バスがどの経路を走るにせよ、一般道の比重は高くなる。その一般道を、いま応急修理の資材車両、片付けのトラック、給水車、支援車両が走っている。平時のダイヤ感覚で所要時間を見積もると外れる。

なお路線バスについては、八代方面と高速バスが全便運休となっていたが、8月8日から一部で迂回運行が再開されている(熊本県/8月8日)。代行バスの発表とあわせて、既存路線の迂回情報も同時に確認したい。

8月9日7時時点で、代行バスの本数・発着時刻・所要時間・運賃の取扱いは公表を確認できていない。運行開始日が明日である以上、これらは直前に出る可能性が高い。したがって事業場がいま決めておくべきなのは「何時の便に乗せるか」ではなく、「時刻表が出た瞬間に、誰が何を決めるか」である。

時刻表が出た日に、30分で決める3つのこと

第一に、始業時刻を動かすかどうか。代行バスの便数が少なければ、従業員は「早すぎる便」か「遅すぎる便」のどちらかを選ぶことになる。始業に間に合わせるために1時間以上早い便に乗れば、その分だけ睡眠が削られる。時差出勤の幅をあらかじめ広く宣言しておき、便が確定した時点で個別に当てはめる方が早い。「始業を8時30分から10時までの間で申告制とする」といった幅の宣言は、時刻表を見なくても今日決められる。

第二に、遅延を遅刻として扱わないことの明文化。口頭の運用で済ませると、現場では「言いにくいから前の便に乗る」という形で吸収されてしまう。誰に適用するのか(当該区間の利用者に限るのか、被災地域全体か)、いつまでなのか(当面か、鉄道復旧までか)、証明を求めるのか(求めないなら求めないと書く)を、短くてよいので文書にする。終期を「鉄道の運転再開まで」と書いておけば、更新の手間が減る。

第三に、通勤手当と実費の扱い。鉄道の定期券を持っている従業員は、その定期が使えない期間の運賃をどう負担するのかという問題に直面する。代行バスの運賃扱い(鉄道の切符・定期で乗れるのか、別料金なのか)は事業者の発表を待つしかないが、「差額は会社が実費精算する」という原則だけは先に決められる。あわせて、自家用車通勤を暫定的に認めるかどうか、認める場合の距離単価と駐車場の容量も同時に決める。片方だけ決めると、駐車場が足りずに現場が混乱する。

自家用車通勤への切り替えが持ち込む、別のリスク

鉄道の復旧が見通せない状況が続けば、代行バスがあってもマイカー通勤に切り替える従業員は増える。これは通勤の問題であると同時に、安全衛生の問題になる。

まず、運転者の状態が平時と違う。避難所や車中泊での睡眠は浅く、断水地域では給水や入浴のために夜の時間が削られている。連日の猛暑で日中の疲労も抜けにくい。そこに、渋滞と迂回路の慣れない運転が加わる。居眠りやヒヤリハットが起きやすい条件が揃っている。

次に、動線が長くなる。断水が続く地域では、出勤前に給水所へ寄る、帰りに入浴支援へ寄るといった立ち寄りが日常になっている。宇城市の給水所は8時30分から17時、八代市内には22か所が設けられている(8月8日時点)。この立ち寄りが、実質的な拘束時間を1日1〜2時間押し上げていることがある。

そして通勤災害の取扱いである。合理的な経路・方法からの逸脱・中断があった場合の考え方は、日常生活上必要な行為かどうかで扱いが分かれる。給水所への立ち寄りがどう評価されるかは個別判断であり、この記事で断定はできない。事故が起きてから調べるのでは遅いので、想定される立ち寄り類型をいくつか挙げて、所轄の労働基準監督署にあらかじめ相談しておくことを勧める。相談した事実と回答を記録に残しておけば、実際に起きたときの初動が速い。

避難所から出勤している人の「通勤」は、台帳と違う

熊本県の8月8日14時時点の発表では、避難者は6,355人、そのうち八代市が2,436人、宇城市が2,972人である。避難所は自宅と同じ場所にはない。つまり、これらの従業員の通勤経路は、会社が把握している経路とすでに違っている。

通勤手当の計算根拠も、通勤災害の想定経路も、緊急連絡先も、台帳のままでは実態と合わない。ここは代行バスの運行開始に合わせて一度洗い直す好機である。全員に紙を配って書かせる必要はない。当該地域の従業員に対して、上司が「いまどこから通っているか」「片道どのくらいかかっているか」の2点だけを聞き取り、人事に集約すれば足りる。この2点は、後述する健康管理の入口にもなる。

産業保健職が、この局面で見ておくべきこと

通勤手段が変わる週は、労働時間の記録に表れない負荷が増える週である。所定労働時間は変わっていないのに、拘束時間だけが延びる。産業保健職が測るべきなのは、残業時間ではなく「起床から始業までの時間」と「終業から就寝までの時間」である。

面談の場でこれを聞くとき、「体調はどうですか」から入ると「大丈夫です」で終わる。「今日は何時に家を出ましたか」「バスは何時の便でしたか」「途中でどこかに寄りましたか」という事実の質問から入ると、睡眠時間と立ち寄り負荷が自然に出てくる。数字が出てきてはじめて、勤務の側を動かす根拠ができる。

通勤手段の変更は、明日で発災2週間という時期とも重なる。申告されない不調をどう拾うかは記事036で扱った。通勤の聞き取りは、その面談の入口としても使える。あわせて、通勤に関する基本的な考え方は記事024で、断水地域の生活時間の設計は記事030で、避難所から出勤する従業員への支援は記事035で扱っている。この記事は、それらが代行バスの運行開始という具体的な日付で交差する場面を扱っている。

実務でそのまま使えるチェックリスト

#項目期限の目安担当
1代行バスの本数・時刻・所要時間・運賃扱いを事業者発表で確認する運行開始日の朝まで総務
2時差出勤の「幅」を先に宣言する(例:始業を8時30分〜10時で申告制)本日中人事
3交通機関の遅延を遅刻扱いとしないことを文書化し、対象者・終期・証明の要否を書く本日中人事
4定期券が使えない期間の運賃差額を実費精算する原則を決める本日中人事
5自家用車通勤の暫定許可の可否、距離単価、駐車場の収容台数を同時に決める運行開始日まで総務
6給水所・入浴支援への立ち寄りを含む通勤経路の取扱いを、所轄労働基準監督署に相談し記録する今週中人事
7当該地域の従業員に「いまどこから通っているか」「片道所要時間」の2点を聞き取る今週中上長
8通勤手当の計算根拠と緊急連絡先の台帳を、聞き取り結果で更新する今週中人事
9起床から始業まで、終業から就寝までの時間を面談で確認する項目に加える今週中産業保健職
10長時間の運転通勤者に、渋滞・迂回路・猛暑を前提とした運転前後の休憩を周知する運行開始日まで安全担当
11代行バスの遅延が常態化した場合に始業時刻を再度動かす判断者と判断時期を決めておく本日中経営層

参考

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