本記事は2026年7月28日19時時点の情報に基づく。状況は流動的であり、最新の公的発表を優先すること。死傷者数など被害の全容は現時点では確認されていない。
2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市豊野町と氷川町島地で最大震度7を観測した。震度7の観測は2024年の能登半島地震以来である。倒壊、火災、閉じ込めの報が相次ぐ段階であり、いま最優先されるのは人命救助である。
だが産業保健職には、同時にもう一つ考えておくべきことがある。2016年の熊本地震では直接死よりも災害関連死が大幅に多く、関連死が全体の約8割を占めたとされる。それは倒壊の瞬間の死ではなく、その後の数週間から数か月に起きた死だった。言い換えれば、これから発生する死の多くは、今日以降の対応で減らせる可能性のある死である。
「関連死はこれから起きる」という時間感覚
2024年の能登半島地震でも、災害関連死は長期にわたって増加した。厚生労働省はその教訓を踏まえた対応を令和7年3月に整理している。関連死は発災直後に集中するのではなく、避難生活が長引くにつれて積み上がる。だからこそ、初動の混乱が一段落した「二日目以降」に何をするかが結果を分ける。
産業保健は、この時間帯にこそ噛み合う。従業員一人ひとりの持病、服薬、生活状況を知っているのは事業場の産業医と衛生管理者である。
職域が関与できる関連死の経路
関連死は漠然とした概念ではなく、いくつかの具体的な経路をたどる。以下は、事業場が把握しうる範囲で介入の余地があるものである。
慢性疾患の治療中断。 降圧薬、糖尿病薬、抗凝固薬、抗てんかん薬、向精神薬、ステロイド。いずれも中断が重篤な転帰につながりうる。しかも中断は本人の意思と無関係に起きる。お薬手帳を自宅に置いたまま避難した、かかりつけ医の診療所が被災した、薬局が停電で開いていない——どれも今回起こりうる。抗凝固薬、抗てんかん薬、ステロイドは自己判断での中止が特に危険だと伝える価値がある。
中断が短期間で致命的になる医療。 透析、在宅酸素療法、CPAP、インスリン。これらを必要とする従業員や家族がいる場合、優先順位は明確に他と異なる。停電が続く地域では機器そのものが使えない。
生活不活発病。 避難生活では活動量が大きく落ちる。特に高齢の従業員や、従業員が介護する家族で問題になる。2016年の熊本地震では避難者の多くが車中泊を経験し、それに伴う肺塞栓症(エコノミークラス症候群)の発症が報告され、死亡例も出た。同じ姿勢を長時間続けない、水分をとる、時々足を動かす——単純だが、伝える人がいなければ実行されない。
睡眠障害と、その先にあるもの。 眠れない状態が続くと血圧が上がり、心血管イベントのリスクが高まる。今回は7月末の発災である。九州7県全県に熱中症警戒アラートが出るほどの猛烈な暑さのなか、発災後は熱帯夜が予想され、停電で空調が止まっている地域もある。2016年の熊本地震は4月の発災であり、気象条件はまったく異なる。
暑熱による死亡。 今回に特有の経路である。環境省は「できるだけ涼しい環境」「水分・塩分を十分に」と呼びかけている。復旧作業についても、2025年6月1日から罰則付きで義務化された職場の熱中症対策(WBGT28℃以上または気温31℃以上で連続1時間以上等の作業が対象)が、災害後だからといって免除されるわけではない。
感染症。 避難所での呼吸器感染・消化器感染は、基礎疾患のある人にとって直接の脅威になる。
過労。 復旧に従事する従業員自身が危険にさらされる。とりわけ中小企業の経営者や現場責任者は、代わりがいないという理由で休めない。能登半島地震では被災自治体職員のメンタルヘルス不調が問題化し、自治労石川県本部が実態調査を行っている。企業でも構造は同じである。
中長期のメンタルヘルス。 生活再建の見通しが立たない段階で、心理的な負担が重くなることがある。これは本人の弱さではなく状況が生む反応である。産業保健職にできるのは、相談窓口を繰り返し具体的に示すこと、そして「調子はどうか」と定期的に聞く人が職場側にいると本人が知っている状態をつくることである。DPATの「災害時の支援者支援マニュアル」や兵庫県こころのケアセンターの資料が参考になる。
安否確認に、あと1問を足す
安否確認は「生きているか」「出社できるか」を聞くものになりがちだが、そこに1問加えるだけで介入の入口ができる。
安否確認に加えたい質問項目
- ご本人・ご家族にけがはありませんか。
- いま安全な場所にいますか(自宅/避難所/車中/その他)。
- 常用しているお薬は、手元にありますか。あと何日分ありますか。
- お薬手帳は持ち出せましたか。
- 透析、在宅酸素、CPAP、インスリンなど、続けないといけない治療がありますか(ご家族の分を含む)。
- いま困っていることを、ひとつだけ挙げるとしたら何ですか。
- 連絡がとれる番号・手段を教えてください。
3から5は、答えが「いいえ」だった時点でその人が優先対応対象になる。6番目の自由記述は、こちらが想定していなかった問題を拾うために置く。回答は集計より先に、個別の対応につなげる。
個人情報保護と生命保護の緊張
ここで正面から論じるべき問題がある。産業医は健康診断や面談を通じて従業員の既往歴や服薬情報を持っており、平時にはそれを本人の同意なく開示しないことが厳格に求められる。では災害時はどうか。「緊急事態だから何でも共有してよい」も「規程どおりだから何もしない」も、どちらも避けたい。実務的には次の順序が現実的である。
第一に、本人に直接連絡して同意を得る努力を尽くす。 多くのケースはこれで足りる。第二に、連絡がつかない場合、開示する情報を「その人が今どうしても必要としている医療」に限定する。全既往歴を渡す必要はなく、「透析を受けている」という一点だけで足りることが多い。第三に、誰が、いつ、何を根拠に、どこまで開示したかを記録に残す。事後に説明できる形にしておくことが、産業医自身と従業員の双方を守る。
この判断枠組みは、本来は平時に決めておくものである。まだの事業場は、落ち着いた段階で必ず整備してほしい。
被災地外の本社ができること
被災地の事業場は、産業保健どころではない状況にある。ここで動けるのは被災地外の本社である。安否確認の設計と集計、優先対応者リストの作成、外部医療資源の情報収集(どの医療機関が動いているか、薬の再処方をどこで受けられるか)、相談窓口の運用。そして、被災地の管理職に「休め」と言う役割。これは被災地の中では誰も言えない。本社の産業医が言うから成立する。
時間軸で問題の質が変わる
| 時期 | 主に起きること | 職域の重点 |
|---|---|---|
| 今週(発災〜7日) | 治療中断、暑熱、車中泊、睡眠不足、感染 | 安否確認+服薬確認、優先対応者の特定、涼しい場所と水分・塩分の確保 |
| 今月(〜1か月) | 生活不活発、復旧作業による過労、感染症の広がり | 復旧要員の労働時間管理と交代制、活動量の維持、熱中症対策の徹底 |
| 3か月後 | 疲労の蓄積、不眠の慢性化、職場と生活の二重負担 | 面談の実施、相談窓口の再周知、管理職自身のケア |
| 1年後 | 生活再建の停滞、支援の縮小、孤立 | 継続的な声かけ、長期フォローの体制化、支援者側のバーンアウト対策 |
いま現場は救助の段階にある。しかし産業保健職が見るべき時計は、少し先を指している。2016年に起きたことを繰り返さないためにできることは、今日から始まっている。
参考
- NHK 熊本で震度7 けが人多数: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188221000
- NHK 熊本県内 各地で猛烈な暑さ 避難所は熱中症に注意を: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188731000
- 西日本新聞 九州7県全県に熱中症警戒アラート: https://www.nishinippon.co.jp/item/1520357/
- 気象庁/tenki.jp 熊本県で震度7の地震: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2026/07/28/39906.html
- 厚生労働省 令和6年能登半島地震の教訓を踏まえた対応: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001431637.pdf
- 厚生労働省 自然災害が発生した場合の支援や制度について(労働基準関係): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00177.html
- DPAT 災害時の支援者支援マニュアル: https://www.dpat.jp/images/Document/Document_q7ATVK33rLJehKBZ_1.pdf
- 兵庫県こころのケアセンター 災害救援者のための資料: https://www.j-hits.org/document/disaster_rescuer.html
- 自治労石川県本部 能登半島地震による被災自治体におけるメンタルヘルス等に関する実態調査結果: https://www.jichiro.gr.jp/.assets/%E3%80%90240816%E3%80%91%E8%83%BD%E7%99%BB%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%AE%9F%E6%85%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90.pdf