本記事は2026年7月28日19時時点の情報に基づく。状況は流動的であり、最新の公的発表を優先すること。被害の全容はつかめておらず、避難所の開設状況や車中泊の規模についても本稿執筆時点では確認できていない。
2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市豊野町と氷川町島地で震度7を観測した。同じ日、九州7県(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島)の全県に熱中症警戒アラートが発表されていた。熊本県内3か所で観測史上最高気温が記録されたとも報じられている。発災後は熱帯夜が予想され、17時25分時点で県内約4万8,280戸が停電しているとの情報もある。
夜を屋外や車内で過ごす人が相当数出ることは避けられない。産業保健の立場から、従業員とその家族に何を、どの粒度で伝えるべきかを整理する。
2016年の教訓は、そのままでは使えない
2016年の熊本地震では、避難者の多くが車中泊を経験し、それに伴う肺塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の発症が報告され、死亡例も出た。この災害では直接死より災害関連死が大幅に多く、関連死が全体の約8割を占めたとされる。車中泊と血栓症のリスクは、この経験を通じて広く知られるようになった。
ただし2016年の発災は4月だった。今回は7月末で、気象条件がまったく異なる。「こまめに動きましょう」という2016年由来のメッセージだけでは、今回の状況には足りない。
「どちらを選んでも危険」という構造を隠さない
猛暑と熱帯夜のなかでの車中泊には、逃げ場のない選択がある。
エンジンを止めれば、車内は短時間で高温になる。夜間でも熱帯夜であれば車内温度は下がりきらず、暑さで眠れない。眠れなければ翌日の疲労が蓄積し、判断力も落ちる。
一方でエンジンをかけ続ければ、燃料が尽きる。給油の目処が立たない状況では、これは深刻な制約になる。さらに、排気口が塞がれた状態でエンジンをかければ一酸化炭素中毒が起きる。今回は土砂や瓦礫が排気口を塞ぐ可能性があり、暗い中で駐車した場所が翌朝どうなっているかは分からない。
この構造は正面から説明したほうがよい。「切りましょう」とも「かけ続けましょう」とも言えない以上、渡せるのは判断材料だけである。
暑熱と血栓は、同じ原因から同時に来る
熱中症と静脈血栓塞栓症は、別々の問題として説明されがちだが、実際には共通の入口がある。脱水である。
暑熱環境では発汗により体液が失われる。加えて、車中泊ではトイレの心配から水分摂取を控える行動が起きやすい。脱水は熱中症の直接の要因であると同時に、静脈血栓塞栓症のリスク因子でもある。狭い座席で長時間同じ姿勢をとることと脱水が重なれば、両方のリスクが同時に上がる。
つまり水分確保は、二つの問題に同時に効く数少ない介入である。従業員向けのメッセージでも、この一点は落とさないほうがよい。
「車中泊をやめなさい」は成立しない
余震への恐怖から屋内に戻れないという反応は、異常なものではない。震度7を観測した直後であればなおさらで、建物の安全が確認されていない段階では合理的な判断ですらある。震度7の観測は2024年の能登半島地震以来であり、揺れの記憶は生々しい。
したがって「車中泊はやめてください」という指導は、実行可能性の面でも、心理的な妥当性の面でも成立しない。産業保健職が示すべきは、車中泊を続けることを前提とした現実的な緩和策である。
- 定期的に足首を動かす、ふくらはぎをほぐす、可能なら車外で歩く
- 弾性ストッキングがあれば着用する
- 水分を意識して摂る。トイレを理由に控えない
- 座ったままではなく、横になれる姿勢を確保する(シートを倒す、荷物を移す)
- 日中の暑い時間帯に車内へ退避しない。日中の車内は避難場所にならない
- エンジンを使う前に、排気口の周囲に土砂・瓦礫・落下物がないか確認する。窓を少し開けて換気する
- 可能であれば、夜間だけでも空調のある場所に移る
受診の目安を、症状の言葉で渡す
「エコノミークラス症候群に注意」では行動につながらない。次の症状が出たら医療機関に連絡するよう、具体的に伝える。
- 片側の脚だけが腫れる、痛む、赤くなる
- 突然の息苦しさ、胸の痛み
- 意識が遠くなる、失神する
特に片側性の下肢腫脹・疼痛は、本人が「疲れのむくみ」と解釈しやすい。左右差がある場合は別だ、という点を言葉にしておく。
従業員向けの連絡文例
長い注意喚起は読まれない。一斉連絡は3項目に絞る。
【安否確認とあわせてのお願い】
車の中で夜を過ごす方へ、3つだけお願いします。
- 水を飲んでください。トイレが心配でも我慢しないでください。脱水は熱中症と血のかたまり(血栓)の両方の原因になります。
- 1〜2時間に1回、足首を動かすか、車の外で少し歩いてください。座ったままの姿勢が続くと、脚に血のかたまりができることがあります。眠るときはできるだけ横になれるようにしてください。
- エンジンをかけるときは、排気口(マフラー)のまわりに土や瓦礫がないか確認し、窓を少し開けてください。ふさがったままだと一酸化炭素中毒の危険があります。
片方の脚だけが腫れる・痛む、急に息が苦しくなる、胸が痛む、気が遠くなる — このような症状が出たら、すぐに救急または医療機関に連絡してください。
ご家族にも共有してください。無理な出社は不要です。安全を最優先にしてください。
事業場としてできること
被害を免れた事業場があるなら、その一部を従業員とその家族に開放するという選択肢がある。空調、トイレ、水、電源。この4つが揃った屋内空間は、いま最も不足している資源であり、夜間だけでも確保できれば二重リスクを実質的に下げられる。
ただし前提と整理が要る。
第一に、建物の安全確認が済んでいることである。余震が続く状況で、未確認の建物に人を集めることはできない。応急危険度判定や、少なくとも社内の設備管理部門による確認を先に置く。
第二に、責任範囲の整理である。従業員以外の家族を受け入れる場合、労働災害の枠組みでは扱えない。開放する範囲、時間帯、想定人数、事故時の対応を人事総務と経営層で先に確認する。走りながらでも構わないが、口頭の了解だけで進めない。
まだわかっていないこと
本稿の時点で、避難所が何か所開設され、そのうち何か所に空調があるのかは確認できていない。停電の復旧見通しも不明である。車中泊がどの程度の規模で発生しているかも把握されていない。
分かるまでは、安否確認のなかで「どこで夜を過ごしているか」を聞き取ることが最も実務的な情報収集になる。車中泊と答えた従業員に上記の連絡文を個別に届ける。それだけでも意味がある。
参考
- NHK 熊本県内 各地で猛烈な暑さ 避難所は熱中症に注意を: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188731000
- NHK 熊本で震度7 けが人多数: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188221000
- 西日本新聞 九州7県全県に熱中症警戒アラート: https://www.nishinippon.co.jp/item/1520357/
- ウェザーニュース M7.1 最大震度7: https://weathernews.jp/news/202607/281627quake/
- 気象庁/tenki.jp 熊本県で震度7の地震: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2026/07/28/39906.html
- 熊本日日新聞 リアルタイム速報: https://kumanichi.com/articles/2018619
- 厚生労働省 令和6年能登半島地震の教訓を踏まえた対応: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001431637.pdf