本記事は2026年7月28日19時時点の情報に基づく。状況は流動的であり、最新の公的発表を優先すること。被害の全容は判明しておらず、本文中の被害情報はいずれも同時点までの報道による。なお「令和8年熊本地震」はNHKが用いる名称で、気象庁の正式な命名かは執筆時点で未確認である。
2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市豊野町と氷川町島地で震度7が観測された。震度7は2024年の能登半島地震以来である。有明海・八代海の津波注意報はその後解除された。産業保健の現場は今夜、判断材料がほとんどないまま最初の意思決定を迫られる。本稿は、最初の12時間で何を決め、何を保留するかの枠組みを示す。
情報が入ってこないのは異常ではない
19時時点で、けが人は多数、交通網は各所で遮断され、被害の全容はつかめていないと報じられている。この「わからない」状態は初動の失敗ではなく、大規模災害の初期に必ず生じる。
避けたいのは、情報が揃うまで判断を先送りすることだ。暫定的な前提を置いて動き、崩れたら差し替える。今夜置く前提の例は、震度6弱以上の地域の事業場は当面稼働できないものとして扱う、従業員の相当数と連絡がつかない、停電・断水・通行止めは数日続きうる、の三つ。前提は書き出しておくと翌朝の見直しが楽になる。
安否確認は「未確認」を数え続ける作業である
安否確認の要点は、確認できた人数を増やすことではなく、未確認の人を消さずに管理し続けることにある。台帳は「無事」「被災あり」「未確認」の三区分で持ち、未確認欄が空になるまで閉じない。既読率や回答率だけを見ていると、回答しない層が統計の外に落ちる。
抜けやすいのは次の層である。システムに未登録の者、既読も返信もない者、本人は被災地外だが家族が被災地にいる者、出張者、単身赴任者、派遣労働者・請負や常駐の協力会社社員、外国人労働者、アルバイト・パート、休職中・産育休中の者、名簿が未更新の入退社直後の者。派遣は派遣元との連絡経路を、協力会社は元請・発注者としての確認範囲を今夜のうちに整理し、外国人労働者にはやさしい日本語か母語の文面を用意する。
発災が16時27分だったことの意味
16時27分は多くの事業場で退勤が始まる時間帯であり、従業員は事業場内・通勤途上・帰宅後の三つに分かれている。なかでも通勤途上の被災は捕捉が遅れやすい。
滞留者がいる場合、外に出すか留め置くかが今夜の最大の分岐になる。熊本市電は17時40分時点で全線運休、再開のめどは立たないと報じられ、18時時点で九州自動車道など複数区間が通行止めである。夜間・停電下で余震のある市街地を無理に移動させるより、安全が確認できた建物に留まる方がよい場合がある。ただし後述のとおり、今回は空調停止が重なる。
事業場側の確認項目
人的な確認と並行して、建物と設備の確認が要る。今夜現地に人を入れるかも含めて判断する。
- 建物の安全性(応急危険度判定までは立入可否を暫定判断とし、目視で判断した旨を記録に残す)
- 危険物・高圧ガス・化学物質の漏洩、容器の転倒・落下、配管の損傷
- エレベーターの閉じ込め(保守会社の到着が遅れる前提で、有無だけは先に把握する)
- 非常用電源の稼働状況と燃料残量
- サーバ室の空調停止と室温上昇
17時25分時点で県内約4万8,280戸が停電、17時22分には火災の発生、18時20分にはイオンモール熊本で爆発の可能性と2階崩落による閉じ込めの可能性が報じられている。いずれも同時点の報道であり、確定情報として扱わない。
産業医・保健師との連絡経路を今夜のうちに引く
嘱託産業医が被災地内にいるか外にいるかで、期待できる役割は大きく異なる。被災地内にいる場合、産業医自身が被災者である。連絡が取れず当面稼働できないことを前提に置き、安否確認の対象者として台帳に載せる。医療機関所属であれば、災害医療の対応に入っていて事業場の相談に応じる余裕がない可能性が高い。
被災地外にいる場合は、遠隔での助言、就業判定の方針決定、産業保健職への後方支援を担いやすい。どの連絡手段が通じるか、何時まで連絡してよいか、緊急時の判断を誰に委ねるかを今夜のうちに合意し、手段は二つ以上確保する。
「今夜は何もしない」も正当な選択肢である
深夜の安否確認の強行は二次被害を生みうる。余震下で従業員を移動させる、暗い中で建物内を点検させる、就寝した人を繰り返し起こす。いずれも得られる情報に比して負荷とリスクが大きい。
判断の目安は「今夜わかることで、明朝までに変わる意思決定があるか」である。ないなら明朝に回してよい。例外は、閉じ込めの疑い、負傷者、危険物の漏洩、事業場に取り残された者の有無で、これらは夜間でも確認する。逆に言えばそれ以外は待てる。この線引きを管理職に明示しないと、現場は善意で無理をする。
被災地外の事業場も無関係ではない
被災地外の事業場でも、従業員の家族が被災地にいる場合がある。家族の安否がわからない状態での就業は集中力を著しく落とす。把握する仕組みを作り、必要なら休暇の取扱いを早期に示す。
取引先の被災による業務停滞、支援要員の派出も生じる。支援に出す人員は、出発前に健康状態を確認し、交代要員と帰任の目安を決めてから送り出す。支援者の惨事ストレスとバーンアウトは、能登半島地震でも被災自治体職員のメンタルヘルス不調として問題化した。DPATの支援者支援マニュアル等を参照されたい。
熱中症という条件が重なっていること
7月28日は西日本を中心に猛烈な暑さとなり、九州7県すべてに熱中症警戒アラートが出ていた。熊本県内3か所で観測史上最高気温を記録したと報じられている。発災後は熱帯夜が予想され、停電により空調が停止している地域がある。停電下での避難、屋外での復旧作業、空調のない事業場での滞留は、いずれも熱中症のリスクを押し上げる。2025年6月1日からは改正労働安全衛生規則により職場の熱中症対策が罰則付きで義務化されており、復旧作業も対象になりうる。この論点は別記事で詳述する。今夜は、事業場に人が留まる場合に飲料水と塩分、涼しい場所を確保できるかだけを確認しておきたい。
今夜〜明朝のチェックリスト
- [ ] 台帳に「未確認」欄を設け、未確認者数を時刻とともに記録している
- [ ] 派遣・請負・アルバイト・出張者・単身赴任者・外国人労働者が台帳に含まれている
- [ ] 従業員の家族が被災地にいるかを把握する手段を決めた
- [ ] 事業場内の残留者、閉じ込め、負傷者、危険物漏洩の有無を確認した(夜間でも行う)
- [ ] 非常用電源とサーバ室空調の状況を把握した
- [ ] 産業医・保健師の安否と、明朝以降の連絡手段を二つ以上確保した
- [ ] 今夜やらないことを決め、管理職に明示した
- [ ] 置いた前提を書き出し、明朝の見直し時刻を決めた
- [ ] 事業場に人が留まる場合、水分・塩分と涼しい場所を確保した
参考
- 気象庁/tenki.jp 熊本県で震度7の地震: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2026/07/28/39906.html
- ウェザーニュース M7.1 最大震度7: https://weathernews.jp/news/202607/281627quake/
- Yahoo!天気・災害 地震情報: https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/20260728162718.html
- 熊本日日新聞 リアルタイム速報: https://kumanichi.com/articles/2018619
- 日本経済新聞 熊本県で震度7: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD286M70Y6A720C2000000/
- NHK 熊本で震度7 けが人多数: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188221000
- NHK 熊本県内 各地で猛烈な暑さ 避難所は熱中症に注意を: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188731000
- 西日本新聞 九州7県全県に熱中症警戒アラート: https://www.nishinippon.co.jp/item/1520357/
- 厚生労働省 自然災害が発生した場合の支援や制度について(労働基準関係): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00177.html
- 厚生労働省 令和6年能登半島地震の教訓を踏まえた対応: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001431637.pdf
- DPAT 災害時の支援者支援マニュアル: https://www.dpat.jp/images/Document/Document_q7ATVK33rLJehKBZ_1.pdf
- 兵庫県こころのケアセンター 災害救援者のための資料: https://www.j-hits.org/document/disaster_rescuer.html
- 自治労石川県本部 能登半島地震による被災自治体におけるメンタルヘルス等に関する実態調査結果: https://www.jichiro.gr.jp/.assets/%E3%80%90240816%E3%80%91%E8%83%BD%E7%99%BB%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%AE%9F%E6%85%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90.pdf