熊本県内は8月3日、最高気温40度が予想されている。県内で初めての「酷暑日」であり、熱中症警戒アラートも発表されている。同じ日に、熊本県はこの地震で初めての「災害関連死の疑い」として、車中泊をしていた70代女性が熱中症の疑いで死亡した事例を公表した。この記事は、被災地で事業を再開しようとしている事業者と、その判断に関与する産業保健職・人事総務に向けて、「今日は作業をさせない」という判断を、その場の空気ではなく事前に決めた基準で下せるようにするためのものである。
なぜ「災害後の40度」は通常の猛暑日と違うのか
同じ40度でも、被災地の従業員が背負っている条件は平時と異なる。第一に、暑熱順化が崩れている。発災から6日間、多くの従業員が空調のない避難所や車中で夜を過ごし、あるいは断水下の自宅で入浴も洗濯もできずにいた。睡眠不足と脱水が積み上がった状態で作業に入るため、同じ作業強度でも深部体温が上がりやすい。
第二に、水が自由に使えない。8月3日時点で県内では約5万9,000戸(内閣府・8月2日8時現在)から約6万9,400戸(熊本県・8月1日14時時点)の断水が続いている。応急給水は1回5リットル程度が目安で、飲用と生活用水を分け合っている家庭が多い。「水分をこまめに」という通常の指導が、そのままでは成立しない。
第三に、休憩できる涼しい場所がない。停電は7月31日に解消したものの、事業場の空調設備そのものが被害を受けている例、断水で製氷機や給湯設備が使えない例がある。避難所についても、体育館の8割に冷房がないと報じられている。作業を中断しても、退避する先が涼しくない。
第四に、作業内容が平時と違う。片付け・がれき撤去・設備復旧といった非定常作業は、作業手順書がなく、作業強度の見積もりも難しい。慣れない作業を、慣れない人が、慣れない場所で行う。
この4つが重なるため、平時の熱中症対策をそのまま持ち込むと、判断が甘くなる。
中止基準は「気温」ではなく「WBGT」と「作業区分」で決める
作業を止めるかどうかを気温だけで決めると、日陰・屋内・輻射熱の違いを拾えない。労働安全衛生規則の改正により、2025年6月1日からWBGT28度以上または気温31度以上の環境で継続1時間以上または1日4時間超の作業を行う場合、熱中症の自覚症状がある者等を把握する体制の整備、実施手順の作成、関係者への周知が事業者に義務づけられている。被災地の復旧作業もこの対象に入りうる。
実務では、次の3段階で運用するのが扱いやすい。
第一段階(WBGT31度以上、または熱中症警戒アラート発表日の日中)。原則として屋外作業と空調のない屋内作業を行わない。どうしても必要な作業は、早朝(おおむね10時まで)または夕刻に移す。8月3日はこの段階にあたる。
第二段階(WBGT28〜31度)。連続作業時間を20〜30分に区切り、その都度、空調の効いた場所で休憩する。単独作業を禁止し、必ず2人以上で相互に確認する。作業前後の体重測定または尿の色の確認を行う。
第三段階(WBGT28度未満)。通常の熱中症対策を実施する。
重要なのは、この基準を「誰が測って、誰が宣言するか」まで決めておくことである。WBGT計を現場に置き、当日の朝と昼前に測定し、第一段階に達したら現場責任者が中止を宣言する。宣言の権限が本社にしかないと、現場は判断を仰いでいる間に作業を続けてしまう。
「再開したい」という圧力を、基準がどう受け止めるか
発災から1週間が経ち、事業場では再開に向けた動きが出ている。県内では複数の工場が8月3日からの生産再開を発表していると報じられている。取引先への納期、従業員の収入、地域経済への責任——再開を急ぐ理由はどれも正当である。だからこそ、その圧力に個々の管理職が単独で抗するのは難しい。
基準を事前に文書化しておく意味はここにある。「今日は暑いから休もう」は判断者の裁量に見えるが、「WBGT31度で中止と決めてある」は組織の決定である。責任の所在が個人から組織に移ることで、現場は止めやすくなる。
同時に、再開日の設計そのものを見直したい。再開初日は、平時の稼働率をそのまま目標にしない。設備の点検、動線の確認、従業員の体調確認に時間を使い、生産は半日・半量から始める。復旧作業と生産を同じ日に同じ人員で行わない。断水が続く事業場では、トイレ・手洗い・食堂の運用(記事010・記事023)が整っていることを再開の前提条件に置く。
「作業を止めた後」に何が起きるかまで決める
作業中止は、それ自体では従業員を守らない。止めた後にどこへ行くかで結果が変わる。今回の初の災害関連死の疑いが車中泊での熱中症であったことは、そのことを示している。作業を止めて帰宅させた先が、空調のない自宅や車中であれば、リスクは移動しただけである。
事業場でできることとして、次の3つが現実的である。ひとつは、事業場の空調が生きている場合に、休憩室・会議室を日中の避難場所として従業員とその家族に開放すること。ふたつは、賃金の扱いを先に決めること。中止を「休業」とするか、屋内の軽作業に振り替えるかで手取りが変わる。金銭的な不安があると、従業員は中止に従わない。休業手当や雇用調整助成金の扱いは記事020を参照し、所轄の労働基準監督署に確認されたい。みっつは、ホテル・旅館への2次避難(8月3日受付開始、73施設・最大2,200人分を確保と発表)や、自治体の宿泊支援事業の情報を従業員に届けること。申込には平日日中の手続きを伴うため、勤務時間中の中抜けを認める運用が要る。
誰を優先して守るか — 対象者の絞り込み
全員に同じ配慮をするのは、資源が限られる被災下では現実的でない。次に該当する従業員を名簿化し、酷暑日には作業から外す、または屋内の軽作業に配置換えする。
車中泊・空調のない避難所・断水継続地域の自宅で寝泊まりしている者。高血圧・糖尿病・心疾患・腎疾患の既往がある者、および利尿薬・降圧薬・向精神薬を服用している者。65歳以上および入社1年未満の者。発災後に新たに復旧作業に投入された者(暑熱順化が完了していない)。前日に体調不良を訴えた者。
このうち「どこで寝ているか」は、通常の健康管理では把握していない情報である。避難所の名簿には車中泊者も自宅避難者も載らない。所属長から個別に確認するしかない。確認は「避難所にいますか」ではなく「昨夜はどこで、エアコンはありましたか、水は使えましたか」と具体的に聞く。
実務でそのまま使えるチェックリスト
| # | 項目 | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 1 | WBGT計を現場に配備し、朝・昼前の測定担当者を指名した | 本日中 |
| 2 | WBGT31度/28度の3段階の中止・短縮基準を文書化し、現場責任者に中止宣言の権限を与えた | 本日中 |
| 3 | 熱中症警戒アラート発表日の扱い(原則、屋外作業を行わない)を明文化した | 本日中 |
| 4 | 中止した場合の賃金の取扱い(休業手当/配置換え)を決め、従業員に周知した | 本日中 |
| 5 | 車中泊・空調なしで寝泊まりしている従業員を所属長経由で洗い出した | 本日中 |
| 6 | 基礎疾患・服薬・年齢・暑熱順化の観点から、酷暑日に作業から外す者の名簿を作った | 8月4日まで |
| 7 | 事業場の空調が生きている部屋を、日中の涼み場所として開放する運用を決めた | 8月4日まで |
| 8 | 飲料水と経口補水液を、応急給水に頼らず事業場が確保して現場に置いた | 8月4日まで |
| 9 | 単独作業の禁止と、2人以上での相互確認をルール化した | 8月4日まで |
| 10 | 再開初日を半日・半量とし、復旧作業と生産を同一人員で行わない計画にした | 再開前 |
| 11 | 断水下のトイレ・手洗い・食堂の運用が整っていることを再開の前提条件に置いた | 再開前 |
| 12 | 2次避難・宿泊支援・罹災証明の手続きのための中抜けを認める運用を決めた | 8月4日まで |
| 13 | 労働安全衛生規則の熱中症関係の改正内容(2025年6月施行)への対応状況を確認した | 8月5日まで |
| 14 | 熱中症を疑う症状が出た場合の連絡先・搬送先を、被災後の医療機関稼働状況に合わせて更新した | 8月4日まで |
参考
- 令和8年熊本地震による被害状況等について(内閣府・8月2日8時現在)
- 令和8年熊本地震に関する情報(熊本県)
- 熊本 車中泊の70代女性死亡「初の災害関連死の疑い」木村知事(NHK)
- 熊本県 最高気温40度予想 ホテルなど「2次避難」受け付けへ(NHK)
- 明日8月3日(月)の熱中症警戒アラート(ウェザーニュース)
- 地震による断水及び応急給水について(八代生活環境事務組合・8月3日6時)
- 雇用・労働に関する特例措置や支援制度(厚生労働省)
- 令和8年熊本地震関係(労働・雇用行政)に関するお知らせ(熊本県)
- 被災者の2次避難先 73施設を確保 最大2200人受け入れ可能 国交省(メ〜テレ)
- 令和8年熊本地震(熊本市)