本記事は2026年7月28日19時時点の情報に基づく。状況は流動的であり、最新の公的発表を優先すること。被害の全容、死傷者数、停電・断水の範囲はいずれも確定していない。
報道は建物被害と救助活動に集中している。当然のことだ。しかし産業保健の視点で最も重く見るべきは、「7月末の記録的猛暑のさなかに、停電を伴う震度7が起きた」という条件の重ね合わせである。地震が奪ったもの——電気と、屋内の涼しさ——が、これから数日間の健康被害を左右しうる。この点については、過去の震度7災害の経験がそのままでは使えない。
「4月」でも「1月」でもない
近年、日本で震度7を観測した災害を思い出してほしい。2016年の熊本地震は4月、2024年の能登半島地震は1月だった。前者では車中泊に伴う肺塞栓症(エコノミークラス症候群)が、後者では長期にわたる災害関連死と被災自治体職員のメンタルヘルス不調が大きな課題となった。いずれも重要な教訓だが、どちらも「暑熱」を主要因として想定した知見ではない。
つまり我々は今、震度7クラスの地震と真夏の暑熱曝露が同時に起きたときに何が起こるかについて、参照できる国内の経験が乏しい。2016年熊本地震では災害関連死が全体の約8割を占めたとされる。同じ地域で、今度は暑熱という追加の負荷がかかっている。関連死の様相が前回と同じになると考える理由はない。
停電は、空調の停止である
7月28日17時25分時点で、熊本県内の約4万8,280戸で停電が発生していると報じられている。同日、九州7県(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島)の全県に熱中症警戒アラートが発表され、熊本県内3か所で観測史上最高気温が記録されたとNHKが伝えている。発災後も熱帯夜が予想され、環境省は「できるだけ涼しい環境」「水分・塩分を十分に」と呼びかけている。
停電を「情報が取れない」「照明がつかない」問題として捉えると本質を見誤る。停電とは空調の停止であり、夜間も気温が下がらない条件下では、屋内にいること自体が暑熱曝露になる。深部体温は日中の上昇分を夜間に放熱して戻すが、熱帯夜かつ空調なしではその回復が起こらない。負荷が翌日に持ち越され、二日目、三日目に重症例が出る経過は十分にありうる。
「暑さから逃げる建物」に入れない
猛暑対策の基本は、涼しい屋内へ避難することだ。ところが今回は、その屋内が二重に失われている。自宅が損壊すれば戻れない。無事でも停電していれば涼しくない。避難所の空調と電源が確保されているとも限らず、7月28日19時時点で県内の避難所の空調・非常用電源の稼働状況について確認できる情報はない。
「避難すれば安全」という前提が成り立たない構造である。避難行動が暑熱曝露からの離脱に直結しない点を、事業者も産業保健職も意識しておきたい。
リスクが集中する集団
優先的に想定すべき集団を整理する。
- 屋外の復旧・点検要員:設備点検、送電復旧、道路啓開、建物被害の確認にあたる人。作業強度が高く、装備によっては放熱が妨げられる。
- 車中泊者:2016年の教訓は肺塞栓症だったが、今回はそこに車内の高温が加わる。エンジンをかけ続けられるとも限らない。
- 避難所滞在者:人口密度が上がるほど室温は上がる。
- 在宅の被災者:自宅が無事で避難所にも行かず、しかし停電しているという人は、支援の網から外れやすい。
- 高齢者・基礎疾患保有者:体温調節能と口渇感が低下しており、自覚症状が出た時点で既に進行していることがある。
水が絶たれると、人は水を飲まなくなる
断水の範囲は7月28日19時時点で確認できていないが、震度7の被災地で断水が生じることは想定しておくべきだろう。断水が暑熱と重なったとき、災害時の脱水の大きな経路になるのが「飲水を意図的に控える行動」である。トイレが使えない、使いにくい環境では、人は行く回数を減らそうとして水分摂取を控える。避難所でも車中泊でも、在宅でも起こる。
この行動は本人にとって合理的に見えるため、外から止めにくい。だからこそ「水を飲め」と言うだけでなく、トイレの確保が脱水対策そのものだという理解が要る。加えて、発汗が続く状況では水だけでは電解質を補えない。塩分を含む補給手段があるかも合わせて確認したい。
服薬情報という、産業医にしか見えない変数
熱中症リスクは薬剤によって変わる。利尿薬は体液量を減らし、降圧薬は循環動態の代償を鈍らせる。抗コリン作用を持つ薬剤は発汗を抑制し、一部の向精神薬は体温調節そのものに影響する。こうした情報を持つのは、多くの場合、産業医と本人だけだ。
復旧作業や巡回に従事する従業員のなかに、こうした薬剤を服用している人がいないか。健診・面談で把握している範囲で構わないので、暑熱作業の割り当てを決める前に確認する価値がある。医療情報の取り扱いには配慮が要るが、「配置に関する意見」という産業医の本来の役割の範囲で扱える論点である。
「災害対応だから」を例外にしない
事業者が押さえるべき実務はひとつに絞られる。復旧作業、設備点検、安否確認のための巡回、臨時出勤——これらを命じるとき、それは暑熱環境下の作業である。通常の暑熱対策の枠組みから外れる作業ではない。
2025年6月1日から、改正労働安全衛生規則により職場の熱中症対策が罰則付きで義務化されている。WBGT28℃以上または気温31℃以上の場所で連続1時間以上、あるいは1日4時間を超える作業が対象だ。義務の詳細は別記事で扱うが、ここで強調したいのは適用範囲の誤解である。災害対応だから、緊急だから、短時間だからという理由で、この枠組みの外に出るわけではない。
むしろ災害時こそ、通常の作業計画も休憩場所も冷却手段も崩れている。平時より条件は悪い。「災害対応だから仕方ない」という言葉が暑熱対策を省略する理由として流通し始めたら、危険な兆候だと考えたほうがよい。
何がまだわかっていないか
7月28日19時時点で、次の点は確認できていない。
- 停電の復旧見込みと、その地理的範囲
- 断水の有無と範囲
- 避難所の空調稼働状況および非常用電源の確保状況
- 被災地域の医療機関の稼働状況
判明するまでは、「最悪の側に振った前提」で準備しておくのが妥当だろう。
確認すべきこと/伝えるべきこと
事業者・人事総務が確認すること
- 被災地域の事業所で、誰がいつ出勤・巡回するのかを把握しているか
- 出勤・巡回を命じる場合、水分と塩分、冷却手段、休憩できる涼しい場所を用意できるか
- 単独作業をさせない体制か(暑熱下では発見の遅れが致命的になる)
- 従業員の居住状況(自宅損壊、停電、車中泊の有無)を確認する手段があるか
産業医・産業保健職が確認すること
- 復旧・巡回に従事する従業員に、熱中症リスクを高める薬剤の服用者がいないか
- 高齢者・基礎疾患保有者の作業割り当てが妥当か
- 熱中症の初期症状と、作業離脱・冷却・搬送の手順が現場に共有されているか
従業員に伝えること
- 自宅が無事でも停電していれば熱中症のリスクがあること
- トイレを気にして水分を控えないこと。困っていれば申し出てよいこと
- 体調の変調は「災害だから仕方ない」ではなく、報告してよい事柄であること
被害の全容はまだつかめていない。だが暑さは、被害が判明するのを待ってはくれない。
緊急・期間限定公開(災害産業保健、夏期集中講座スライド)
参考
- 気象庁/tenki.jp 熊本県で震度7の地震: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2026/07/28/39906.html
- ウェザーニュース M7.1 最大震度7: https://weathernews.jp/news/202607/281627quake/
- Yahoo!天気・災害 地震情報: https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/20260728162718.html
- NHK 熊本で震度7 けが人多数: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188221000
- NHK 熊本県内 各地で猛烈な暑さ 避難所は熱中症に注意を: https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015188731000
- 西日本新聞 九州7県全県に熱中症警戒アラート: https://www.nishinippon.co.jp/item/1520357/
- 熊本日日新聞 リアルタイム速報: https://kumanichi.com/articles/2018619
- 厚生労働省 令和6年能登半島地震の教訓を踏まえた対応: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001431637.pdf