女性に特有の健康影響とその対策(性暴力編) 令和6年能登半島地震で産業医の立場で労働者のためにできること8

監修:妙蓮寺すいクリニック Sui Obstetrics & Gynecology 院長 山本ゆり子
執筆:東京大学環境安全本部 黒田玲子

 

 災害により、避難場所が避難所か在宅かを問わず、避難生活を送っている労働者やその家族には、女性に特有の健康影響が懸念されます。特に、災害時の性に基づく暴力は、その後の人生への影響が甚大で、予防が大変重要です。
 性暴力はセクシャルハラスメントなども含む幅広い概念です。性暴力は災害時に特有なものではなくそれ以前から存在する社会構造に起因する女性や子どもの脆弱性が、増大あるいは可視化されるために発生しやすくなることが指摘されています。根本的な対策も必要ですが、まず災害・復興時に特有な環境要因についての対策が必要となります。
 性暴力というと公衆衛生上の課題ととらえられがちですが、産業保健の立場でも対応可能なことがあります。被害者になる可能性を少しでも下げる情報提供や意図せず加害者になってしまわないよう労働者に伝えることです。性暴力の被害者は健康上の大きなダメージを受けるのみならず復興する上での大事な職員が減ってしまうということにもつながります。また、万が一社内で性暴力が発生した場合には安全配慮義務を果たしていたかという論点にもつながります。性暴力発生リスクの低減・回避のために労働者に伝えることが有用な情報を、以下にまとめます。
 男性労働者には、主に性暴力抑止のためのリスク低減の主体的な取り組みについて、女性労働者や労働者の家族には、加えて、自身が被害に合わない/もし被害にあったら速やかに相談できる窓口情報について、情報提供することが重要です。

目次

性暴力とは(定義)

災害時に避難所・在宅避難で発生する性暴力の種類(例)

 望まない・同意のない性的な行為や発言のことです。 性暴力は、自分の気持ちが尊重されず、自分の身体に関することを自分で決める権利が否定される人権侵害です。女性が被害者になることが多く、子どもは男女ともに被害者になる可能性があることから注意が必要です。男性やトランスジェンダーが被害者になることもあり、誰もが被害者になるリスクがあります。
 災害時の性暴力の要因として、①環境的要因 (プライバシーの欠如、照明が乏しい、など劣悪または不充分な設備や環境)、②対人・社会的関係に関する要因(災害以前には暴力をやわらげ抑止する機能を果たしていた社会的サポートが低下する)、③構造的要因 (経済的に弱い立場にある女性が搾取の標的になりやすいなど)、④社会文化的な要因(性別的役割分業など性・ジェンダーに基づく規範が強化される)などがあります。
 災害時の性暴力への認識が薄く対応が不充分な要因として、防災・災害対応・復興に関する意思決定の場への女性の参画が限定的であるという構造的な要因が、繰り返し指摘されています。
 災害によるトラウマやストレスの増加や、飲酒や薬物の使用の増加が、性に基づく暴力のリスク要因として挙げられることも多いですが、リスク要因は原因ではありません。性暴力の根本原因は、社会における性に基づく差別、不均衡な力関係です。

災害時に避難所・在宅避難で発生する性暴力の種類(例)

  • 身体的接触のない性的な行為(異性が隣に寝に来る、授乳の注視、着替え/トイレ/入浴中ののぞき、盗撮、性器露出など)
  • 身体的接触のある性的な行為(痴漢行為、抱きつく、キスをするなど)
  • 性的な冗談やからかい、セクシャル・ハラスメント
  • ストーカー行為(守ってあげるなどとして、相手が希望していないのに避難所内外で常に傍にいるなど)
  • 同意のない性交や性的行為の強要(強姦・強姦未遂、街灯のない市街地や仮設住宅周囲での強制わいせつ)

災害時に性暴力が起こる構造(加害者)

  • 配偶者・交際相手(元も含む)による暴力:経済的・身体的・言葉による暴力も併せて行われることがある。
  • 顔見知りによる暴力:「顔見知り」とは、家族・親族、災害前あるいは後から顔を知っている人(ご近所さん、避難所や仮設住宅の住民)、支援者、ボランティア、ライフラインの復旧や家族の破損状況の調査などで住宅に出入りする業者などを指す。
  • 対価型性暴力:優位な立場の者(避難所や地区のリーダーなどや、外部からの支援者など)が、脆弱な立場の者(夫を亡くす・失業、家財を失うなどで弱い立場に置かれ支援を必要とする女性や、子ども[男女とも])への恩恵的行為(食料や生活物資を分け与える、住居の提供など)への対価として、性行為を要求・性的搾取をされる。

災害時に性暴力が起こる構造(被害者)

  • 災害前より、配偶者・交際相手(元も含む)による暴力を受けている場合、災害をきっかけに性暴力の顕在化・悪化・新たな発生・ストーカー行為の再開に続いた性暴力の発生、などが起こることがある。
  • 女性の中でも特に、シングル女性(離別・死別・子どもの有無を問わない・若年女性の場合は母を亡くした者)や、住む家を無くした女性、仕事や資産など生活の糧を無くした女性は、「後ろ盾がない」「守ってくれる人がいない」とみなされて、被害者になるリスクが高い。

性暴力の抑止・対応の例

 時間が経つにつれ、避難所周辺では性暴力が起こりやすくなることが知られています。被災者だけでなく支援者も、被害者にも加害者にもなり得えます。また女性や子どもだけでなく、男性や性的マイノリティも被害者になります。これらについて。被災者も支援者も双方ともが知っておくことが、まず重要です。
 性暴力の抑止のために、リスク管理の観点から以下の対策が必要です。産業保健スタッフや労務担当者は、直接避難所や在宅避難の環境・条件整備に直接関わることは難しいと思われますが、以下の条件が、避難生活のストレスを減らすだけでなく、性暴力の抑止の観点からも重要であることを、労働者に伝えることはできます。

環境的要因の制御(例)

  • 授乳スペース・男女別の着替えスペースを、独立した部屋を確保したり衝立やカーテン等を用いて区別したりすることで確保する。運用時には、交代で見張りを立てる・入口を一目につきやすい場所にし、性暴力が疑わしい行動があればためらわずに周囲から声掛けをするよう入口に掲示する。
  • トイレの出入口に見張りを立てる・頻繁に巡回する。
  • 避難所や集会場など人が集まるところに、加害をはたらく可能性がある者への注意喚起や警告を、掲示する。性暴力が疑わしい行動を見かけたら、見逃さずに周囲が声をかけることで、加害も被害も最小限でとめられる。加害者が発生したときには、公的介入(警察や法的な対応をとる)ことの事前周知も重要である。
  • その他:避難者からの意見を定期的に集約し、合意意見として対策に反映する
  • 参考:避難所が満たしておく目安の基準として、スフィア基準(人道憲章と人道対応に関する国際的な最低基準:参考文献8)がある。

対人・社会的関係に関する要因の制御(例)

  • 一般的に災害弱者となりうる属性やその関係者(女性、特にシングル女性、乳児・幼児・思春期の女児男児を持つ親、高齢者、障害を持つ人)に、避難所や地域で目を配るよう伝える。できれば弱者となりうる属性のうち似た属性を持つ集団で、物理面/情報面でもグループを形成するとよい。
  • 避難所や集会場など人が集まるところに、相談窓口・支援者の情報が掲示等で周知されているか、確認する。
  • 産業保健スタッフや労務スタッフが、一次相談窓口として機能する。

構造的要因の制御(例)

  • 震災時には、拒絶すること・被害を訴えることによって、生存に直結する危険が増大するため、たとえ加害者から脅迫・威嚇・反撃がなくとも、弱者は性暴力を拒絶できない状況に追い込まれやすいことを理解する。
  • 避難所や集会場など人が集まるところに、相談窓口・支援者の情報が掲示等で周知されているか、確認する。されていなければ、避難所開設責任者や地域の自治会・町内会の責任者に依頼する。ただし、責任者が特定の属性(高齢男性など)が中心の場合は、相談窓口・支援者の情報の明示の必要性が理解されにくかったり、責任者や相談対応者による暴力の黙認や被害者非難などの二次加害が起こりやすかったりする可能性もある。そのため、前記の懸念がある場合には、リーダーの役割に近い女性・外部からの支援者・自治体や警察等の公的機関から責任者に、適切な相談窓口・支援者の設置とその情報明示の必要性について、説明してもらうようにする。
  • 産業保健スタッフや労務スタッフが、一次相談窓口として機能する。

社会文化的な要因の制御(例)

  • 避難所や地域の自治会・町内会の運営リーダーが、特定の属性の人(例えば高齢男性)に偏っていないか、確認するよう伝える。
  • 避難所や自治会・町内会の運営のリーダーに、女性が一定割合で含まれていることで、被害を受けにくい環境調整(生活環境のゾーニング、相談体制、物資配分)などが行われやすくなる。

被害をうけるリスクが高い属性の人への注意喚起(例):

  • 根本的な対策ではないが、被害者になるリスクが高い女性や女児男児は、一人行動を可能な限り避けるように周知する。
  • 怖いと思ったら、大声をあげる、首からホイッスルや笛をぶら下げ携行し、ためらわず吹く、携帯電話の防犯アラームを鳴らす、などの対策を推奨する。
  • ただし、あまり自衛の重要性ばかり強調すると、「自衛が足りなかった」と被害者への責任を転嫁することになりかねない。性暴力の抑止対策として、①‐④とセットで行うとともに、もし性暴力の被害をうけても、加害者の責任であって被害者には責任がないことも併せて事前に伝えるなど、周知には慎重な対応が必要である。

性暴力が起こった時の対応

体制

  • 避難所や地域に、あらかじめ(性暴力に関わらず全般的な事柄に)相談できる場所・担当者が周知・掲示されているか、確認するよう労働者に勧めましょう。
  • 困りごとがあったときは、相談先として会社の産業保健窓口や労務担当者があることも、伝えましょう。問題そのものは解決できなくても、安全に相談できる環境の確保と、問題の整理を一緒に行い専門家(ワンストップ支援センター、医療の専門家、自治体や地域のNPOの担当者、弁護士など)につなぐことができます。
  • もし性暴力が起こった場合に、地域だけでなく職域にも相談窓口があることは、本人が心理的安全性を保ちながら相談できる場所の選択肢が多いことになります。

対応の仕方

  • 産業保健スタッフが相談を受けるとき、まず睡眠がとれない、不安である、といった体調不良の相談から始まり、背景に性暴力があることがあります。被害は潜在化・その影響は深刻化しており、援助希求行動に時間がかかることもあります。一度で対応しようとせず、継続支援を行いましょう。
  • 過去の報告では、災害時に性暴力の被害を受けた女性の年齢が6歳未満から70才代以上と多様でした。被害を受けるのは若い女性であるという社会通念は、二次加害を起こします。さらに、男児や男性が被害者になることもあります。加害がふるわれる場所は死角や暗い場所に限らず、加害者は配偶者・交際相手や顔見知りによる暴力が多いこと、などが知られています。支援者の一員である産業保健スタッフや労務担当者は、災害時の性暴力の傾向と多様性について知り、被害者の人権自己決定を尊重した対応、守秘義務の順守、二次加害の防止などに留意しながら対応することが求められます。
  • 具体的な対策として、以下にまとめを提示します。もし、当事者が性暴力について触れたときには、以下の具体的な対策1-4の点に十分注意して、まず事実確認をする必要があります。聴き取った内容は参考文献9の巻末ケースシートを改変利用するなどの方法で、確実に記録をしておくことが「何度も話を聴かれる」という二次被害を防ぎます。

【具体的な対策】

1 .〈環境〉 他の人には聞かれないように、静かな落ち着いた場所で聴く
2 .〈態度〉 感情的な対応にならない
3 .〈スキル〉本人のペースで話ができるよう配慮する
 (1)無理に聴きすぎない
 (2)誘導や圧力にならないように気をつける
 (3)開示をほめすぎない
4 .〈今後のこと〉
 (1)確認などのために他の人がもう一度話を聴くことは避ける(トラウマ体験の回避、記憶変化のリスクの低減)
 (2)わからないことは言わない・できない約束はしない(専門家につなぐときには同意を取る)
 (3)次に相談できる機会を提供する
 (4)一人で抱え込まない:状況により、性暴力被害者支援センターや医療機関につなぐことも検討する

つなぎ先

 

  • 各都道府県にワンストップ支援センターがあります(参考文献10)。
  • また、妊娠の可能性がある性被害にあった時は、72時間(3日)以内に緊急避妊薬(通称アフターピル)を服用するため、急いで産婦人科・婦人科につなぐことが必要となります。

参考文献

1. 内閣府男女共同参画局 女性に対する暴力の根絶
 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/index.html
●性犯罪・性暴力とは
 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/index.html

2. 福岡県 性暴力根絶に向けた指針
 https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/551355_60497329_misc.pdf

3. 及川裕子, 常盤洋子, 日健医誌 31(3): 369-379,2022, 災害時の避難所におけるウィメンズヘルスの課題
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenkouigaku/31/3/31_369/_pdf/-char/ja

4. 日本トラウマティック・ストレス学会:女性の視点に立った被災者の心のケア
 https://www.jstss.org/docs/2022031100014/file_contents/kamo_0519.pdf

5. 内閣府男女共同参画局 東日本大震災「災害・復興時における 女性と子どもへの暴力」に関する事例調査
 https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/kansi_senmon/wg03/pdf/giji_06-2.pdf

6. 減災と男女共同参画 研修推進センター:災害時の暴力とその防止
http://gdrr.org/%e7%81%bd%e5%ae%b3%e3%81%a8%e3%82%b7%e3%82%99%e3%82%a7%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%82%99%e3%83%bc/%e7%81%bd%e5%ae%b3%e6%99%82%e3%81%ae%e6%9a%b4%e5%8a%9b/

7. NHK みんなでプラス 性暴力を考える 災害時の性被害 東日本大震災で見えてきた被災地の声
 https://www.nhk.or.jp/minplus/0011/topic027.html

8. スフィアハンドブック2018年日本語版
 https://jqan.info/wpJQ/wp-content/uploads/2019/10/spherehandbook2018_jpn_web.pdf

9. 性暴力被害者支援センター・ひょうご:学校で性暴力被害がおこったら 被害・加害児童生徒が同じ学校に在籍している場合の危機対応手引き
 https://onestop-hyogo.com/atschool/

10. 内閣府男女共同参画局 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(全国の情報一覧)
 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html

●上記のうち、令和6年能登半島地震により、災害救助法が適用されている4県のセンター
→石川県:いしかわ性暴力被害者支援センター「パープルサポートいしかわ」
 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/josou/purplesupport.html
→富山県:性暴力被害ワンストップ支援センターとやま
 https://seibouryoku.com/
→新潟県:性暴力被害者支援センターにいがた
 https://www.n-vsc.jp/seibouryoku.html
→福井県:性暴力救済センター・ふくい「ひなぎく」
 https://hinagiku.fukui-saiseikai.com/

11. NPO法人ピルコン:緊急避妊薬・アフターピル
 https://pilcon.org/help-line/afterpill

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