執筆:酒井洸典先生
石川県での活動に携わる方は時節柄寒冷環境での活動を余儀なくされています。寒冷環境は凍傷や脳心血管系への影響が懸念されます。産業保健上の課題と対策を以下にまとめます。
人体影響のメカニズム
寒い環境では、体のエネルギーのほとんどが内部深部温度を暖かく保つために使用されます。時間の経過とともに、体は四肢 (手、足、腕、脚) と外皮から中心部 (胸と腹部) に血流を移し始めます。この変化により、露出した皮膚と四肢が急速に冷え、凍傷や低体温症のリスクが高まります。
また、急激な温度変化は末梢循環抵抗の変化が起こります。血圧は循環血漿量と末梢血管抵抗の積で決まることから急激な血圧変動が起こることになります。結果として粥状硬化の破綻や血栓症による動脈硬化性脳心疾患を引き起こします。
リスクの高い作業・仕事
除雪作業員(ボランティアを含む)、警察官、消防士などの緊急対応・復旧要員、救急医療従事者
健康障害の予防策
毎日、無理のない作業計画を立てましょう。
特に身体に負荷のかかる業務は1日の暖かい時間帯に計画しましょう。
2人以上で作業して、寒冷ストレスの兆候がないかお互いに確認しましょう。兆候があれば作業を中止しましょう。
兆候には、四肢のしびれ、ヒリヒリ感、痛み、青みがかった皮膚の変色などがあります。
寒いところでの作業に慣れていない初期は耐性がないことを理解して、慎重に対応しましょう。
持病がある人は特に注意しましょう。
つよい疲労感や体調不良がある場合には、作業に加わらないようにしましょう。
脳卒中、心疾患、糖尿病、甲状腺機能障害などの治療中の場合に健康障害のリスクが高まります。
※寒冷曝露や急激な温度変化(ワームショック)が脳心疾患を引き起こします。
寒冷により体は暖を保とうとし、この過程で血管が収縮します。血管の収縮は血圧の上昇を引き起こし、心臓に負担をかける可能性があります。詳細は本記事の後半をご参照ください。
作業中はなるべく風にあたらないように工夫しましょう
可能であれば、作業エリアを隙間風や風から遮断してください。
※寒冷効果(強い風が吹くことで実際の気温よりも寒く感じること)に注意が必要です。例えば、気温が約 4.4°Cでも風が強いと気温が約 -2.2°Cにいるような感覚になります。
服装に注意する
靴下や手袋、衣類など濡れた衣類はすぐに着替えましょう。
寒さによるストレスを防ぐには、適切な服装をすることが非常に重要です。
綿は濡れると保温性が低下します。ウール、フリース、シルクなどの合成繊維は、濡れても保温性を維持します。
ゆったりとした服を少なくとも 3 枚重ね着してください。重ね着することで断熱効果が高まります。
体にぴったりとフィットする衣服は、血液循環を悪くする可能性があります。
ゴーグル、手袋、帽子、フード、マスクの使用も有効です。
予備の靴下、手袋、帽子、ジャケット、着替えを携行してください。
手を保護するために耐水性、絶縁手袋を使用してください。
断熱性と防水性のあるブーツを着用してください。
頻回な休憩をとりましょう
1時間に1回など時間を決めて定期的に休憩しましょう。
その際、着替えをしたり、温かい甘味のある飲料を飲んだりしましょう。
もしも症状が出た場合の対応
低体温症
寒さで体温が下がる状況です。長時間に及んだ場合心肺停止に至ります。
低体温症への対応
- (心肺停止の場合)患者が反応するか医療援助が利用可能になるまで、心肺蘇生を実行します。
- 医療機関への搬送を手配します。
- 暖かい部屋または車に移動します。
- 濡れた服から乾いた服に着替え、体を何枚かの毛布で覆います。顔は覆わないようにしましょう。
- 意識があれば、体温を上げるために温かい甘い飲み物を与えます(アルコールは不可)。
- 脇の下、胸の側面、股間などに温かいボトルやホットパックを置きます。
凍傷
寒さで四肢や皮膚に血行障害が生じている状況です。
凍傷への対応
- 接触部分をゆるく覆い、保護します。
- 患者に意識がある場合は、温かい甘い飲み物を与えてください。
皮膚の損傷を防ぐために患部をこすって温める行為は行わないようにしましょう。
水疱をやぶらないようにしましょう。
搬送前に温水に入れ凍傷部分を温め直そうとしないでください。
凍傷部位が温まって再び凍ると、損傷が大きくなります。
塹壕足(ざんごうあし)
湿気や低温に長時間さらされることによって発生します。足が常に濡れている場合、低温でなくても発生します。濡れた足は乾いた足よりも 25 倍早く熱を失うためです。
塹壕足の症状
塹壕足の症状には、皮膚の赤み、しびれ、脚のけいれん、腫れなどがあります。
重症化すると水疱、潰瘍、皮下出血を形成し、紫または灰色になった場合に壊疽を疑います。
塹壕足への対応
- 緊急の場合は直ちに医療機関受診をしてください。
- 靴またはブーツを脱ぎ、濡れた靴下を脱いでください。
- 足を乾かします。組織損傷を引き起こす可能性があるため、急に温めないようにします。
- 足に負担をかけないために歩いての移動は避けましょう。
しもやけ
しもやけは、皮膚が低温環境に繰り返しさらされ炎症している状態です。
しもやけの症状
皮膚の赤み、かゆみが出てきます。重度の場合は潰瘍形成の可能性もあります。
しもやけの対応
- 傷を付けないようにじっくり肌を温めましょう。
- かゆみや腫れを和らげるためにコルチコステロイドクリームを使用しましょう。
- 水疱や潰瘍を清潔に保ち、ガーゼなどで覆いましょう。
動脈硬化性脳心疾患
温度変化が動脈硬化性疾患に及ぼす影響は、科学的研究において注目されています。動脈硬化性疾患とは、動脈の壁が硬くなり、狭くなることで血流が制限される状態を指します。これには動脈硬化、冠動脈疾患、脳卒中などが含まれます。
症状
心臓の症状:前胸部痛、呼吸苦
脳卒中の症状:手足の麻痺、急な頭痛、嘔吐、めまい、バランス感覚の消失
予防と対策
- 温度調節: 室内環境の温度を適切に調節し、急激な温度変化を避けることが重要です。室外に出るときには十分に暖かい恰好をするように選択します。
- 健康的な生活習慣: 適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠など、全般的な健康を維持することが心血管疾患の予防に役立ちます。
- 健康診断の事後措置強化: 健康診断上の異常所見者、とくに血圧やコレステロール値などをチェックし、注意喚起を行うことができます。
参考:U.S. DEPARTMENT OF LABOR Occupational Safety and Health Administration
https://www.osha.gov/emergency-preparedness/guides/cold-stress