執筆:産業保健経営学 非常勤助教, 三菱ふそうトラック・バス株式会社 統括産業医 小笠原隆将
復旧作業における腰痛予防
被災後の復旧作業や、被災地への物資の運輸の際に、普段は持たないような重たいものを持つこともあり、腰痛の発生が懸念されます。そこで、そのような作業における腰痛予防と痛めにくい体の使い方に関して、産業医としてできることについて説明します。
作業により発生する腰痛の要因
作業における腰痛には、ぎっくり腰(腰椎ねん挫等)、椎体骨折、椎間板ヘルニア、腰痛症等があり、腰痛の発生要因としては、以下の4つに分類されます。
- 動作要因(作業時の種々の動作や姿勢)
- 環境要因(振動、寒冷などの温度、床面の状態等)
- 個人要因(年齢・性・体格等)
- 心理・社会的要因(就労に係る種々の心理的なストレスなど)
職場における腰痛はこれらのいくつかの要因が複合的に関与していますが、特に①動作要因として重量物の取り扱い、持ち上げ動作、ひねる動作、長時間の同一の姿勢の作業、不自然な姿勢などがあります。復旧作業では特に動作要因に対して、事前に注意喚起しておくと良いでしょう。
・重量物作業 :思ったよりも重い物や、力が必要な動作がある
・不自然な姿勢;足場が不安定な場所や、十分な広さがない場所で作業する
・ひねり作業 :作業しにくい環境でひねらざるをえない
これらの要因を啓発した上で、危険予知(KY)を行ったうえで作業に就くことも有効です。
重量物の持ち上げ方を教育する
基本的な重量物の持ち方として以下のポイントがあげられます。
- 荷物の持ち上げの際には腰を曲げずに両膝を曲げて、
- 腰(体)に引き付けて持つこと
- 肩幅に足を広げてできる面(基底面)の中心に重量物の重心をまっすぐに落とすイメージで持つ
- 滑ったり、勢いをつけて持たない
- 動いているときに体をひねらない
人力による従業物の取り扱いについては、法令では1人で作業できる重量の目安が定められています。例えば男性で60㎏の体重の方は24㎏以下まで、女性は14.4㎏まで、となっています。これ以上の重さがある物を運ぶ際には、2人以上で持ち運ぶように努めましょう。
2人以上で運ぶ際には、均一な重量負荷がかかるような工夫として、身長差の少ない者同士で持ち運ぶこともあげられます。
作業前・作業中にストレッチや体操を行う
職場や家庭においてストレッチと腰痛予防体操を実施し、腰部を中心とした腹筋、背筋、臀筋等の筋肉の柔軟性を確保し、疲労回復を図ることが腰痛の予防にとって重要です。まずストレッチや腰痛予防体操を実施するタイミングですが、作業開始前、作業中、作業終了後等がありますが、腰部に筋肉の張りを感じた際や、リラックスしたい時など、「できるタイミングですぐ行う」ことが重要です。また筋肉の張りやコリは、数日間分が蓄積してしまわないように、「その日のうちに解消する」ことが重要です。
また、効果的なストレッチを行うためのポイントは以下の通りです。
①息を止めずにゆっくりと吐きながら伸ばしていく
②反動・はずみはつけない
③伸ばす筋肉を意識する
④張りを感じるが痛みのない程度まで伸ばす
⑤20 秒から30 秒伸ばし続ける
⑥筋肉を戻すときはゆっくりとじわじわ戻っていることを意識する
⑦一度のストレッチングで1 回から3 回ほど伸ばす
事務機材を利用した上半身のストレッチング
手すり、壁を利用した体側のストレッチング
手すり、壁を利用した大腿外側部(太ももの外側)、臀部(お尻)・腹部のストレッチング
広い場所で行う大腿後面(太ももの後ろ側)のストレッチング
広い場所で行う大腿内側(太ももの内側)のストレッチング
腰痛の予防と改善に役立つ「これだけ体操®」(腰痛借金とは腰椎の髄核が後ろにずれ、腰に負担のある状態)
体に負荷のかかりにくい動作・方法を教育する
エルボールール
作業を行う上で、負荷のかかりにくい方法がいくつか分かっています。下記に記す動作は、どのような作業においても発生する動作ですので、チェックしてみましょう。
立位、座位に関わらず、作業台の高さは肘の曲げ角度がおよそ90 度から100度になる高さとすると最も身体に負担がかかりにくいと言われています。これをエルボールールと言い、不良な作業姿勢を防ぐための原則の一つです。
「押す・引く」の動作のポイント
立位においての水平方向に押す動作や引く動作についても、いくつかのポイントがあり、
・通常片手よりも両手の「押す・引く」動作の方が良い
・「引く」力よりも「押す」力の方が大きい力が出しやすい
・「押す」ときにはウェストの高さで押す
・「引く」ときには大腿(お尻)の高さで引く
とより安全に効率よく、力が発揮できるとされています。
ジョブローテーション
勤務の中で周期的に作業を交代することをいいます。作業を交代することで手・腰・肩など体のある特定の部位を、作業しながら休憩する、という考え方です。2つの作業を交代でしたり、3つ以上の作業のなかでローテーションを組んだりすることです。このコンセプトは交代する作業内容が違っているほど良いです。
(例:箱を取る仕事をする人と事務仕事をする人が交代をする、パソコン業務と電話の応対業務を交代する)
衣服を保護することで腰を保護する
汚れたものを持ったりする際に、エプロン、あるいは作業着など汚れてもよい服装にしておけば、気にせず体によせて重量物を持つことができます。
荷姿の改善等
運搬する荷物、あるいは震災で発生した廃棄物などを手作業で運ぶ場合があります。その際に気を付ける点を挙げておきます。
・荷物はできるだけかさばらないようにして、
取り扱いを容易にすること。
・取り扱う物の重量は、明示すること。
・著しく重心が偏った荷物は、その旨を明示すること。
・荷物の持ち上げや運搬等では、手カギ、吸盤等の補助具を
活用し持ちやすくすること。
・荷姿が大きい場合や重量がかさむ場合は、小分けにして小さく、
軽量化すること。
”楽に働ける方法”を見つける
最後に様々な観点から、作業改善を考える方法として、「動作経済の原則」というものを紹介したいと思います。これは行っている作業を効率化する際の考え方ですが、身体的に楽をすることができれば負荷が下がり、腰痛を含め、体を傷めるリスクも下がります。 特に動作方法における、動作経済の原則に基づく改善の着眼点を下記にまとめます。
基本原則 | 動作方法に関する改善の着眼点 |
I.仕事をするには両手を常に同時に使う | 1.両手は各動作を同時に始めて同時に終わる ようにする |
II.作業の動作の数を最小にすること | 不必要な種類の動作をなくす必要な動作の数を減らせないか、2つ以上の動作を組み合わせられないか考える |
III.個々の動作の距離を最短にすること | 1. 使用する身体部位の範囲を最小にする 2. お腹の前あたりで作業できないか考える |
IV.動作を楽にすること | 1. 動作の都度、位置を調整したり、止まったり、注意を払っていないか考える 2. 動作の方向は無理なく、なるべく放物線を描くような、円滑な曲線運動にする 3. 重力・慣性(同じ向き・速さを維持して動こうとする性質)・自然力(風力・水力など)を利用できないか考える |
以上のアドバイスを参考に、災害後の復旧作業において、腰痛をはじめとする筋骨格系障害を予防するためにできることから取り組んでみてください。下記に現場で視聴できる動画教材も添付しておきます。
職場における腰痛予防対策~陸上貨物運送事業〜
https://www.youtube.com/playlist?list=PLMG33RKISnWgzHgrOcNM9zmDNHWH9Yr6E
職場のあんぜんサイト 転倒・腰痛防止用視聴覚教材
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/videokyozai.html
参考資料
厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」
ステファン・コンズ/スティーヴン・ジョンソン著、労働科学研究所出版部「ワークデザイン第7版」
厚生労働省「職場における腰痛予防対策~陸上貨物運送事業 ~」
制作:株式会社平プロモート、監修:中央労働災害防止協会「腰痛予防対策講習会テキスト(陸上貨物・講義)」
制作:株式会社平プロモート、監修:一般社団法人日本ノーリフト協会「腰痛予防対策講習会テキスト(陸上貨物・実技)」